エディンバラ記(その4)
さて10時10分の飛行機に乗るため8時過ぎに空港に到着したので、余裕で搭乗できるはずだったが、ここから預け荷物の行列がなかなか進まない。30分…1時間…搭乗15分前になっても列は微動だにしない。でもたぶん時間になったら「もうすぐ出発する便に搭乗される方はおられますか?」と声を掛けられて通されるハズ、と悠長に構えるわたし。そしたら「10時10分出発便に搭乗される方はおられますか?」というコールが!来た来た、と「わたしわたし」と名乗り出る。別のカウンターに通されて「それじゃあ手続きしますね…」と端末を操作しはじめたスタッフの顔が曇りはじめた。「うーん、空席ありませんね」。なんやソレ!「ただ7時出発の便が遅れて12時にここを出るので、それに乗ってください」と指示が出た。とりあえず今日中にロンドンには行けるので、これでよし。「それじゃあこの搭乗券持って預け荷物のカウンターに並んでください。早く通してもらえる方に並んでかまいませんので」と言われる。で列の短い方のカウンターに行ったら「あんたなんでこっち来たの?」「もう一度長い方の列に行って」と指示される。イラッとさせられるが、外国の空港でこのテの事象にはもう慣れっこだ。こんなときは一から経緯を説明し、相手が納得するまで話し続けるだけだ。カウンターのスタッフは搭乗券を発券したスタッフを呼んで事情を聞き、それで納得したのかようやく荷物を預けることができた。飛行機が出るまでの空いた時間に何をするか。とりあえずビール(笑)。あとお腹が空いたのでおつまみ代わりにベーグルを食べる。
さて予定より約2時間遅れで飛行機に乗ったが、中の乗客は10人たらずで拍子抜け。どうやら7時発の便に乗り損ねた乗客を10時10分発の便に振り分けたんだろうな、と悟る。乗客と客室乗務員の比率ほぼ1:1の状態で離陸した飛行機だが、CAのサービスはとくに普段と変わらない。スナックを配ったあとドリンクサービス。以上。
飛行機が高度を下げると、曲がりくねった川が眼下に見える。これはテムズ川だ。やがてロンドン塔やシティの高層ビル、観覧車、そしてプロムスの会場、ロイヤル・アルバート・ホールもはっきりと上空から確認することができた。この着陸ルートはいいですね。ヒースロー空港に到着し、自販機で地下鉄の券を買ったら中国人とおぼしき若い女性2人に声を掛けられた。どうも乗車券をどこで買うのかがわからないようだ。「ここで券買ったらいいよ」と教えてその場を立ち去ったが、エディンバラでも中国人の観光客(もしくは長期滞在者)はよく見かけた。英語の次に中国語を耳にしたと思う。中国は観光ブームなんでしょうね。
ヒースロー空港からは地下鉄を乗り継いで、ロンドン塔近くのホテルにチェックイン。到着が遅れたので、美術館とか行きたかったのだが省略し、ホテル近くのスーパーに行って食料品に加えて土産物になりそうなオモシロいものを探す。食べ物では「KABUTO」印のカップ麺が目についたのでフォー味をカートに。お寿司の弁当はきょうの晩ご飯として購入。前者は帰国後食べてみたら麺がフォーでなくてガッカリ。後者のお寿司は美味しかった。
さて夕方になったので、どうしようか…行ってみようか…とりあえず行ってみよう!ということでロイヤル・アルバート・ホールまで移動。会場に着くとすでにアリーナの立ち見席購入希望者の長い行列が。列はホール前から通りへ、そして角を曲がったその向こう側まで続いていた。最後尾に行くと整理券を配る人がいた。わたしに渡された番号は604番。どうやら整理券は800番まであるらしい。ともあれこれでプロムスは聞けることが確定。あとは公演開始までひたすら待機。周りはおしゃべりする人、読書する人、弁当(ほんとに日本で見るようなスタイルの弁当)食べる人など、思い思いに時間をつぶしている。私は本も食べ物もないので、人物観察をすることにした。ちょうど道の角っこに並んでいたので、角を曲がってきた人たちが、最後尾がさらにその先にあることを知り苦笑いする様子を眺めて楽しんだ。
列が少しずつ、前へと進み始める。やがて教会のあたりに差し掛かると、中から合唱の声が漏れてくる。なんども同じフレーズを繰り返しチェックしている様子だが、いったい何を…と思ったら教会からコーラス隊が出てきてホールの方まで歩いて移動していった。本番前の練習だったのか。そしてあのフレーズは…プロメテウスの最後のコーラスだったか。本番前に先取りして聞けて、すこしラッキー。
5ポンドの券を買って会場に入るころにはすでに公演開始5分前になっていた。アリーナ席はホールのど真ん中。周囲の客席のノイズが横やら上やらあちこちから聞こえてきて、まるで渦のよう。この雰囲気は他では得がたい独特のものがある。指揮者のウラディーミル・ユロフスキが入場し、ピタリと体を止めると会場は静まりかえる。そして不穏なリズムを伴った低音が舞台から聞こえてくる。ホルスト「惑星」の開始。思ったより音は悪くない。そしてオケが間近にいるのでなかなか視覚的にも迫力がある。このアリーナ席はなかなかいい席だ。
ロンドン・フィルのこの日のプログラムは前半が「惑星」、後半がシェーンベルク「管弦楽のための5つの小品 作品16」、スクリャービン「プロメテウス」の3曲だったが、どれが一番印象に残ったかといったらシェーンベルクだった。鋭角的で硬質なサウンド。奏者たちは緩みなくフレーズを刻んでいく。その実直な作業の連続がかもしだす美しさ。こういうのがプロの仕事なのでしょう。指揮のユロフスキはなかなか日本には来ないし、どんな指揮者なのかイメージ湧かなかったのですが、こういう音楽ができる人なんですね、と思った。なおこの作品、初演したのはホールのオルガン前に置かれた彫像の人物、サー・ヘンリー・ウッドなのでした。
今回「プロメテウス」では、作曲家が楽譜で指示した「色光ピアノ」のコンセプトに基づいたと思われる演出が取り入れられていた。照明やスクリーンによって赤、紫、青、橙、などの原色が舞台後方を照らし、それが音楽にシンクロしてめまぐるしく変化していく。これが「あるとき」と「無いとき」でどう違うのか。原色のパターンの変化は一種のアニメーション的視覚効果をもたらし、音楽はその付随物になる。視覚刺激は聴覚刺激に勝るというわけだ。オペラのピットで使う明かりのついた譜面台で演奏していたオーケストラ、そして独奏ピアニストは奮闘していたが、視覚効果のイメージが強すぎて…。でもスクリャービン独特の魔術的な舞台の一要素として、その役割を確実に担っていたと思う。あと最後のコーラス。あそこでしか出てこないのですが、これっていつ聞いても劇的効果満点なのだが「え!?もっとないの?」という欲求不満も常時伴うのが面白いです。そういえば「惑星」も、コーラスは最後の最後が出番でしたね。「惑星」ではフェードアウト、「プロメテウス」では音響マックス状態でご登場という、まったく対照的な使用法ですが。
「惑星」ですが、こちらを演奏中に「プロメテウス」とはまた違う視覚刺激がありまして…。わたしの前で立って聞いていたTシャツ姿の少年が、ずっと音楽に合わせて首や体を揺らしていたんですね。でその少年、「木星」では最初のうちは首を縦に揺らしてたんですが、有名なあの旋律が流れると首の動きが横方向になって…もう心の中で大爆笑でした。この少年の未来に栄光あれ。
(おわり)
(Program Note 5)
BBC Proms 2014 - Prom 56
Conductor: Vladimir Jurowski
Piano: Alexander Toradze
London Philharmonic Choir
London Philharmonic Orchestra
Venue: Royal Albert Hall
Date: August 28, 2014
Holst: The Planets
Schoenberg: Five Orchestral Pieces
Scriabin: Prometheus: The Poem of Fire
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