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2009.08.26

日本共産党・志位和夫委員長のクラシック音楽、特にショスタコーヴィチへの傾倒ぶりがハンパない件

 もうすぐ衆議院選挙の投票日ということで、どこに投票するか決めている方、そうでない方、いろいろおられるかと思います。そんな選挙行動にどれだけ影響を与えるかどうかはわからないけど音楽ファン、特に「DSCH」の4文字に目のない方にとって気になるコネタを。

 日本共産党中央委員会幹部会委員長を務める志位和夫氏がクラシック音楽ファンであることは、ウィキペディア日本語版でも記されるほどですのでご存じの方もおられるかと思いますが、彼が9年前に今は亡き音楽情報誌「グラモフィン・ジャパン」の取材に応じ、クラシック音楽、とくにショスタコーヴィチへの思いを熱く語ったことがありました。今日はその中身から気になる箇所をご紹介していきましょう。

 中学生時代レオニード・コーガンの演奏による「ヴァイオリン協奏曲第1番」をFM放送で聴いた時のことを志位氏はこう回想しています。

 「こんな音楽があるのかと大変驚いて、すぐにスコアを買いに行った。ノクターンから始まる、その旋律の美しさに驚き、スケルツォに入ると当時聴いたこともないような和声や対位法が縦横に駆使されていて、どんどん発展していく。やがて熱狂的な世界をつくりだしていく。ショスタコーヴィチのような作曲家に出会ったのは初めてでした。私もモーツァルトやベートーヴェン、バッハ、ショパンというところから音楽を知り始めたのですが、その頃は作曲の勉強を始めたばかり、古典的な和声法には禁則がたくさんあったのが、ショスタコーヴィチのスコアを見ると禁則も何もない。これは一体どういう和声なんだろうと驚くばかり、それが最初の出会いでした」
 (「グラモフォン・ジャパン」2000年8月号から)

 志位氏は作曲家志望だったんですね。彼が政治家でなく作曲家になったらどんな作品を生み出していたのでしょう。ちょっと興味深いところではありますが、それはそうと聞いて感動した曲のスコアを即ゲットするというのは、相当なマニアでなければしない行動です。あと「ヴァイオリン協奏曲第1番」の曲の特徴について述べる件も、音楽的内容の理解に基づいた的確なものに思えます。これは相当レベルが高いですよ奥さん(←だれ?)。

 でそれ以来ショスタコの音楽に傾倒し、「人間の勇気、あるいは人間の精神の偉大さ」を感じるという志位氏。当然ソロモン・ヴォルコフの「証言」にも目を通したわけですが、読み終えたあと彼はこんな行動を取ったといいます。

 「ショスタコーヴィチが何を考えながら作曲をしていたかということに関しては、例のヴォルコフの『証言』がありますが、真贋騒動もあり、今なお霧の中という感じではないでしょうか。調べることが好きですから、国会図書館で資料を探したこともあります。しかし、残念ながら私にはその虚実を確かめるデータもなければ時間的余裕もありません。」
 (同)

 「証言」の内容の真偽を確かめるために国会図書館に足を運んだというのです。これはいかにもマニアがやりそうなことです。しかも時間的余裕があれば、もっといろいろと調べたいということで、とても研究心旺盛な志位委員長です。時間的余裕ができたら是非モスクワやサンクトペテルブルグに足を運んでもらい、資料館のアーカイヴを徹底的に調査していただきたいところです。

 さて志位氏には生演奏のショスタコ体験もあるわけですが、彼はリヒテルとバシュメットによる「ヴィオラソナタ」の生演奏について、このように述べています。

 「私は、リヒテルの熱狂的なファンで、来日のたびに通いつめました。70年代は学生でしたからお金もなくて無理でしたが、80年代以降は、彼が亡くなるまではほとんど全部聴きに行っています。彼の場合、前もって曲目を出さないので、全プログラムのチケットを買うしかない、なかでもバシュメットとの「ヴィオラ・ソナタ」が素晴らしく、深い感動がいまでも心に残っています。リヒテルのピアニズムはいうまでもないのですが、バシュメットのヴィオラの音色はヴィオラとは思えない音で、本当に感動を覚えました。あれがショスタコーヴィチが最後に残した曲だったと思うと不思議でもあり納得もいきます。最後になぜヴィオラという楽器に自分の思いを託したのか。」

 (同)

 このあとも「シンフォニーで繰り返しよく聴くのは4番、5番、7、8、9、10、13番」と述べる志位氏。指揮者ではロストロにインバル、そしてカラヤンの「第10番」もお気に入りだそうです。日本共産党の要職にある方がカラヤンを褒めるとは、ちょっと新鮮かも。
 でインタビューの最後は「森の歌」について。志位氏の「森の歌」観はどんなものなんでしょう。

 「歌詞は最初はスターリン賛美、改訂版でも当時のソ連体制賛美だったわけですから、歌詞だけをみると評価に限界があることは否めません。しかし、音楽の値打ちとしてどうかというと、私は芸術的な高い値打ちを感じます。純粋な音楽として聴いた場合に、弊履のごとく捨て去っていい音楽といえるかといえば、私はそうは思わない。二つ目の曲の中に「祖国を緑で埋めよう」という曲がありますが、長い前奏など見事なもの。このスケルツォの展開ひとつとっても、私は、交響曲的な価値を持っていると思います。こういう芸術作品は時代が変わっても残っていくべきで、そういうものが色眼鏡で振り分けされてしまうと、ショスタコーヴィチの全体の音楽の値打ちがとらえられなくなってしまうのではないかと思います」
 (同)

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