« 3/9以降7日間に海外ウェブラジオで聞けるライヴ演奏 | Main | 冬の旅のお次は空中散歩で »

2009.03.12

所沢の旅 冬の旅

 先週末は休暇を利用して東京におでかけしました。目的は当然(笑)、コンサートです。

Tokorozawa

 3/7(土)に訪れた、所沢市民文化センターMUSE「マーキーホール」です。

 この日のコンサートのプログラムは、シューベルトの「冬の旅」1曲のみ。演奏者はクリストフ・プレガルディエンとミヒャエル・ギース(パンフレットでは「ゲース」)の2人です。

 プレガルディエンを生演奏で接するのは初めてですが、ラジオ放送などでは何度も耳にしたことがあります。ただ放送で彼の声を聞く度に、高音が時折かすれるのが気になっていました。F=ディースカウのような正確な声のコントロールに慣れた耳には、少しでもノイズ成分が入ると、その部分が気になってしまうのです。しかしこの日のプレガルディエンはコンディションが良かったのでしょう。高音は良くコントロールされていましたし、声の響きも豊かで、まさに「脂の乗った」声でした。

 プレガルディエンには何枚かの「冬の旅」のCDがありますが、それらはハンス·ツェンダー編曲による管弦楽版、そして曲順を入れ替えた室内楽バージョンだったりと、どこかに「ひねり」が加えられています。そしてこの日の生演奏にも「ひねり」がありました。それはピアノのミヒャエル·ギースです。彼はテンポ感覚が独特というか、ものすごくテンポを揺らすんですね。冒頭の「おやすみ」で、その傾向は顕著でした。ところでこの曲を特徴づけるピアノの8分音符の持続は、暗闇の中を黙々と歩を進める「さすらう若人」を連想させます。そう、シューベルトの数十年後に現れたマーラーの世界とも、どこかで繋がっている楽曲です。実はわたし、「おやすみ」を聞くといつもマーラーの「交響曲第6番」(悲劇的)の冒頭部を思い出しちゃうんです。ピアノが弾ける方は、この曲(→楽譜:IMSLP)のピアノパートをイ短調に移調して弾いてみてください。楽譜に付いているスラーを取り除けば、より一層マーラー的になります。旋律も何となく似てますしね。あっ、「冬の旅」で寄り道しちゃいましたね(笑)。

 で所沢で聞いた「おやすみ」では、ギースのピアノが刻む8分音符のリズムが一定せず、常に揺らいでいたのです。時には止まりそうになるほどに重々しいそのペースは、主人公の若者が痛む足をひきずりながら歩くようにも思えました。この曲に付けられたミュラーの詩は、婚約者との辛い別れを経験した若者が、意を決して街を出て行くというストーリーです。いわば「旅の初日」ですので、若者の歩みにはもっとバイタリティがあって然るべきで、実際これまで聞いた演奏はどれもそうでした。しかしこの日の「おやすみ」は違いました。この日私が聞いた重い足取りは、すでに幾千里を歩き通し疲労困憊した若者のそれでした。この旅は、随分前に始まっていたのです。

 さて「冬の旅」は、主人公が通りすがりの辻音楽師に共感し、行動を共にしようとするところで終わります。太陽が3つに見えるほど疲弊した若者の帰結点。いろんな意味で「The End」なわけですが、プレガルディエンとギースの場合、そこで「ジ·エンド」でなく「to be continued」感がぷんぷん漂ってきたのです。それはエスプレシーヴォな感情表現に終始したギースが、「辻音楽師」では一転してインテンポで淡々とライエル(ハーディガーディ)の調べを紡いでいたことが影響していたようです。そのあまりにもノン·エスプレシーヴォな表現が音楽的に「トニカ」というより「ドミナント」だったといいますか、更なる「冬の旅」へと若者を誘っているように聞こえました。

 私が「辻音楽師」で「まだまだ冬の旅は終わらないのか…」と感じたあと、リサイタルでアンコールとして「菩提樹」がもう一回演奏されました。やはり旅は続いていたのです。でも「冬の旅」のような陰陰滅滅とした音楽のあとにアンコールだなんて、ちょっと想像がつかないというか、やや「禁じ手」に近い印象もあったりします(たとえば読者の皆さん、マーラー「悲劇的」のあと、もう一曲聴きたいと思いますか?)。本来なら演奏者の意図に首をかしげてしまうところですが、「菩提樹」なら合点がいきます。冬の道を歩き続ける若者が、ふたたび菩提樹に出会ったわけです。ミュラーの歌詞に精通されておられる方なら、この菩提樹が旅のスタート地点近くにあったことを思い起こすでしょう。若者は再び街へと戻ってきたのでしょうか。いや、歩を進めるうちに偶然菩提樹に出会い、そこでかつて言葉を刻んだ菩提樹のことを思い出したのでしょうか。これ以外に如何様でも解釈できそうですが、そのような聞き手に解釈の余地を与える「終わり方」、悪くないと思いました。

 それにしても、80分ほどの演奏時間のなかで表現された「時間」の、そのあまりの長さに恐れ感じ入ったリサイタルでした。

(Program Note)
Christoph Pr口gardien Tenor Recital
Date: March 7, 2009
Venue: MUSE Marquee Hall, Tokorozawa, Saitama

Piano: Michael Gees

Schubert: Winterreise D911, Op.89

|

« 3/9以降7日間に海外ウェブラジオで聞けるライヴ演奏 | Main | 冬の旅のお次は空中散歩で »

Comments

Amaƶing sіkte Zurie

Posted by: 土壁 | 2014.01.18 at 15:22

HIDAMARIさまこんばんは。「冬の旅」は、如何様にも解釈される余地が、演奏家にも観客の側にも与えられている、解釈の「幅」の広い作品だと、わたしも思います。だからこそ名曲なんでしょうね。

Posted by: おかか1968 | 2009.03.13 at 18:31

おお、さらに遠路のお客様がいらっしゃったのですね。

それにしても『冬の旅』24曲ほど、聴く人一人一人の描く心象風景が様々に変化していて
興味の尽きない歌曲集だと痛感したこの日のリサイタルでした。

Posted by: HIDAMARI | 2009.03.12 at 21:54

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/24023/44320088

Listed below are links to weblogs that reference 所沢の旅 冬の旅:

» 彷話§プレガルディエン『冬の旅』ギースと [ひだまりのお話]
遠路、所沢まで遠征してプレガルディエンの『冬の旅』を聴いた。ピ アノ伴奏は、去年『水車屋』を伴奏したミヒャエル・ギース――ゲー スという表記が正しいのか――。【所沢マーキーホール 2009.3.7】... [Read More]

Tracked on 2009.03.12 at 09:12

« 3/9以降7日間に海外ウェブラジオで聞けるライヴ演奏 | Main | 冬の旅のお次は空中散歩で »