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2008.11.02

大井浩明のベートーヴェン いよいよ後半戦

 今年4月に始まった大井浩明「Beethovenfries」も、10月30日の演奏会で第6回を迎えました。思えば第1回のときは「春なのに、まだまだ京都の夜は寒いな」と思いながら会場を後にしたのですが、10月の京都の夜の肌寒さは秋、そして冬の気配すら感じさせます。

 会場の外では季節の「移ろい」があるわけですが、会場内には時代の「移ろい」があります。高倉三条角にある京都文化博物館で行われているツィクルスに何度か足を運ぶうちに、楽器の変遷を通じて、18世紀から19世紀への時代の移り変わりを実感することができます。第1回で使われたシュタイン製フォルテピアノ(音域5オクターヴ)は本当に小さくて、「Sサイズ」というか「子供サイズ」でした(そんなサイズのピアノは存在しませんが)。私はその日の演奏会終了後、業者の方が楽器を取りに来られるまで会場入り口で「楽器番」をしていたのですが(笑)、私の横に立て置かれたフォルテピアノは、大きめのスーツケースくらいのサイズだったでしょうか。そしてその楽器を業者の方は、それこそ手荷物を扱うようにヒョイとミドルサイズの1BOXに積んで会場を後にしたのです。グランドピアノではとても考えられない光景でした。それを思いつつ第6回のステージでスポットライトを浴びたジョーンズ=ラウンド(1805年製)に目をやると、「ピアノもずいぶん立派に成長したなぁ」「こんなに大きくなって…」と不思議な気分になります。それでも鍵盤の数は「68」(5オクターブ半)で、現在のコンサート・グランドよりは小さいのですけどね。人間の成長に例えるならこのピアノ、大人の一歩手前、「思春期」ですね。思春期に人間は自我に目覚めるわけですが、ピアノも大きくなるに従い、大音量も出せる「コンサート用楽器」としての自我に目覚めていく様を見ているような、そんな気分になりました。
 
 さてこの日はジョーンズ=ラウンドの傍らに、もう一つクラヴィコードのお父さんのような、小さな立方体のフォルテピアノ(クレメンティ製/1800年頃)が用意されていました。「テンペスト」とアンコール(アンダンテ・ファヴォリ)で用いられましたが、音もサイズ相応の、ちんまりとした繊細な音色でした。この「繊細さ」は、ツィクルス前期に用いられたフォルテピアノに近く、いわば18世紀的な資質を持つ楽器、といえます。一方、より大きいジョーンズ=ラウンドは(「ワルトシュタイン」をこの楽器で聞いたせいかもしれませんが)より外向的でダイナミック、そしてやや金属的な硬質感も伴っています。この辺りのサウンドの変化について、大井氏自身による講釈がありました。彼は「♪ジャッジャッジャッジャッ…」と「ワルトシュタイン」の冒頭部を弾いたあと、この楽器は産業革命期に工業化を成し遂げたイギリスを想起させると述べ、さらにはこの響きが20世紀のピアニスト兼作曲家ジェフスキーが「ウィンスボロ綿工場のブルース」(→YouTube)で描いた工場の機械音を連想させる、と述べていました。ジャンルや時代に囚われず、どんな音楽にもアグレッシブに取り組む大井氏らしい指摘です。

 そのあたりのジョーンズ=ラウンドのメカニカルな特質をフルに引き出したのが実は、清水一徹の新作「老人の頭と鯨の髭のためのクオドリベット」でした。「ワルトシュタイン」をモチーフにしながらも、音符の加算合成の結果まったく原型をとどめないまでに変化した音の塊を容赦なくまき散らすこの作品において、フォルテピアノはまさにノイズを発する「機械」でした。この曲には機械文明を賛美する未来派の音楽、とりわけ騒音楽器「イントナルモーリ」を発明したルイジ・ルッソロにも通ずる世界があったと思います。まあ私は「まるでデスワルツ参照:midiファイル有)だなぁ」と思いながら聞いていましたが。

 ともあれこの日のツィクルス第6回は、ベートーヴェンのピアノソナタを隠れ蓑に、18世紀から21世紀までのダイナミックな時代の「移ろい」を聞き手に強烈に意識させるコンサートでした。今回のように聴衆のイマジネーションを誘起する演奏会というのは滅多とないことだと思うので、そういう意味で貴重な体験でした。このコンサートについては、他にも書きたいことがあるのですが、これ以上書くと長くなりそうなので今日はこの辺で。ちなみに個々の楽曲についての評価は、「庭は夏の日ざかり」に譲りたいと思います。尤も私が会場で感じたのと同じことを、Sonnenfleck様も感じ取っておられたことが、私には嬉しかったです。

(Program Note)
Hiroaki Ooi Beethovenfries
16 Dec 1770 - 26 Mar 1827, #6
Date: October 30, 2008
Venue: The Museum of Kyoto

1.Beethoven: Piano Sonata No.16 in G major Op.31-1
2.Beethoven: Piano Sonata No.17 in D minor Op.31-2 "Der Strum"
3.Ittetsu Shimizu: “Quodlibet con la testa di persona anziana e la barba di balena” per Fortepiano (2008, commissioned work, world premiere)
4.Beethoven: Piano Sonata No.18 in E-flat major Op.31-3
5.Beethoven: Piano Sonata No.21 in C major Op.53 "Waldstein"
6.(Encore) Beethoven: Andante Favori WoO.57

Instrument: Jones-Round & Co. (1805; 1,3-5) and Muzio Clementi Square Piano (ca.1800; 2,6). Both from Yamamoto Collection

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Comments

こちらこそいつもコメントを下さり、誠にありがとうございます。

「小さな」フォルテピアノのCDですが、2枚とも良いですよ。ぜひご購入を。といいますか、全部で17枚CDがリリース予定なんですけど、音楽不況まっただ中の昨今、果たして全部予定通りにリリースされるかどうか…。ということで是非買ってください。わたし17枚全部コンプで揃えたいんです(笑)。

ベートーヴェンの曲の合間に演奏される新作も、良いアクセントになっていて、私にとってベートーヴェンに勝るとも劣らないくらい楽しみだったりします。こっちもCD化されないかな、とも思ったり。

Posted by: おかか1968 | 2008.11.03 at 18:13

いつもご紹介をいただいて、恥ずかしいやらくすぐったいやらですcoldsweats01
なるほど「思春期」はやられました。自分でも自分の高い能力をコントロールしきれないアンバランスさ、楽器としてはまだまだ伴走者の手助けを必要とする「硬さ」、まさしくそのとおりですね。。前期のツィクルスで使われていた「小さな」楽器たちは、いずれライヴCDを聴いて補完するとします。

《クォドリベット》の崇高な非楽曲性には恐れ入りました。あの極めて濃そうな(笑)お客さんたちがみんな呆気にとられていましたものね。

Posted by: Sonnenfleck | 2008.11.02 at 23:03

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» 大井浩明 Beethovenfries 第六回公演@京都文化博物館 [庭は夏の日ざかり]
【2008年10月30日(木) 18:30~ 京都文化博物館】 <大井浩明 Beethovenfries 第六回公演> 《いと麗しき新世界(とつくに)かな》 ●ソナタ第16番ト長調Op.31-1 ●ソナタ第17番ニ短調Op.31-2 《テンペスト》 ●清水一徹:フォルテピアノのための《老人の頭と鯨の髭のためのクォドリベット》(世界初演) ●ソナタ第18番変ホ長調Op.31-3 ●ソナタ第21番ハ長調Op.53 《ワルトシュタイン》  ○ジェフスキ:《ウィンズボロ紡績工場のブルース》冒... [Read More]

Tracked on 2008.11.02 at 22:48

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