妄想サロメダンス
あーソキエフの来日公演行きたかったなぁ。なんかスゴク良かったらしいじゃないですか。直言家で知られるN響・根津さんも手放しで賞賛しておられますし。実はこのコンサート、「神尾真由子が出演するから、どうせ発売即完売だろうな」と高をくくってしまい、端から買うのを諦めて、別のコンサートに行くことにしたのです。実際は本番前までチケットが売れ残ってたらしいですし(「チャイコフスキーコンクール優勝!」効果が1年しか持たなかったのは寂しい限りですが)、「惜しいことしたなぁ」という思いで一杯です。しゃあない、来年のトゥールーズの来日公演に行きますか。しかしチケット代幾らだろ。
で私がソキエフ&N響の代わりに行ったのが、びわ湖ホール「サロメ」だったのですが、うーん。ちょっと消化不良でした。ここから先は、演出家のカロリーネ・グルーバーがどういう意図で舞台にかけたのか、ということとは無関係に、あくまで私が舞台から受けた印象を記します。
昨日の「サロメ」では、主人公とヘロデ&ヘロディアス夫妻の「役割」がこれまでと逆になっていました。元来は主人公のサロメが「背徳的」な役割なのですが、昨日の舞台で一番「背徳的」な演技をしたのは母親のヘロディアスでした(あえて詳細には触れませんが)。これは演出家サイドが、彼女が過去に犯した「近親相姦」に着目した結果ではないでしょうか。そして「近親相姦」というキーワードは、ヘロデとサロメとの関係にもあてはめることができます。元々ヘロデは好色な振る舞いを行うキャラですが、この日女子高生風の服装を身にまとったサロメへとにじり寄るヘロデは、単なるエロオヤジというだけでなく、より近親相姦的な色彩の濃い演技でした。
そしてサロメの役割は「性的倒錯の犠牲者」です。見た目からして清楚な服装ですし、妖艶なサロメ・ダンスもありません。ヴェールの踊りの代わりに舞台では、サロメが夢見る幸福な家庭生活が描かれます。誕生日を3人で祝ったり、ヘロディアスママがアイロンがけをしたり、サロメがヘロデお父さんとバドミントンに興じたりします。平凡だけど、幸せな一家団らんの光景です。もちろんそんな安らぎの日々はサロメに訪れるわけもなく、サロメは倒錯と背徳の世界へと墜ちていくのです。昨日の公演は「テディベアを離さない『いたいけな少女サロメ』が、醜悪な家庭環境に巻き込まれ、堕落していく様を客席から眺めている」、そんな感じでした。どこか「大人の世界に踏みにじられる世間に疎い乙女」蝶々夫人にも似たキャラ設定です。そして夢破れた堕落者は、自滅していくことを宿命づけられます。最後でサロメは割腹自殺します(これも蝶々さんぽいですね)。オリジナルとは違う幕切れですが、この日の演出の流れでは「背徳者ヘロデがいきなり権威ぶって背徳者を成敗する」というフィナーレは却って不自然なので、このシーンについては演出家の意図は理解できます。
しかしこの演出で「サロメ/ヘロデ/ヘロディアス」のファミリー・トライアングルからはじかれたヨハナーンが、完全な脇役に押し込められているのはいただけません。本来なら女性のエロスの象徴たるサロメに対し、男性フェロモンに満ちたヨハナーンのキャラが強烈に表出されるところなのですが、両腕に包帯を巻いたヨハナーンは弱くて痛々しく、自傷行為で流された血を壁になすりつける振る舞いは、ちっぽけなサイコ野郎にしか見えませんでした。
まあ演出にケチを付けても「音楽は良かった」となれば良いのですが、この日のサロメ役は正直物足りませんでした。フィナーレでは声が客席まで届いていませんでしたね。もしかして体調不良だったのでしょうか。それともバテてしまったのでしょうか。びわ湖ホールの近所に美味いラーメン屋があるんですけど、そこで昼ご飯を取れば、もっとスタミナのある声が聞けたかもしれません。あとの主要キャストは重厚な歌唱を披露していましたから、余計に残念でした。
ピットのオケは立派に仕事をこなしていました。指揮者の沼尻竜典、そしてわれらの大阪センチュリー交響楽団は、R・シュトラウスの濃厚な音楽世界をダイナミックに、時には妖艶に表現していました。特に「7つのヴェールの踊り」でピットから沸いてくる音楽がとてもエロティックでした。サロメを描いたギュスターヴ・モローの有名な絵画がありますね。まさにアレを音楽にしたらこうなったという感じ。でも舞台の上はホームドラマ。この見事なまでの乖離(苦笑)。私は婉美な音楽に包まれながら、どんどん服を脱いでいくサロメダンスを妄想していたことを告白いたします。
(追記)いまMETでも「サロメ」を上演していて、そこでカリタ・マッティラがフルヌードになるそうです。この「サロメ」が「METライブビューイング」で日本でも上映されるので、こちらも見てみましょうか。ヌード抜きに素晴らしい、という評判ですし。まあこの舞台をライブ中継したときはヌードシーンを放送しなかったらしいですが、果たして劇場ではどうでしょう。あと多分、指揮者は予定されていたミッコ・フランクでなく、代役のパトリック・サマーズだと思われます。クラヲタの方はご注意を。
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Comments
ハイジイさまこんばんは。いつも拙ブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。番組表がお役に立てたようで嬉しいです。
そうですか…、あの「サロメ」を家族でご覧になったのですね…。でももし「ヴェールの踊り」が一枚づつ脱いで行き最後は…という演出だったら(METのマッティラがそうでした)、ソレはソレで困ったことになったかもしれません。この際「官能的すぎる演出でなくてよかった…」と、前向きに考えてみるのも悪くないかも。
Posted by: おかか1968 | 2009.03.07 20:13
おかかさん、初めまして&こんばんわ。
ハイジイと申します。よろしく。いつもブログ内を楽しく拝見させて頂いてます。特にネットラジオ案内は有難過ぎて、涙が出ます。
私もこの公演行っておりました。出演者はよく頑張ったと思います。しかしどっ久々のオペラの上、びわ湖ホール初体験の母なども連れて行ってしまい己の選択ミスを深く悔やみました。ベールの踊りだけでも見たかった‥くすん。
Posted by: ハイジイ | 2009.03.07 00:47
Sonnenfleckさまこんばんは。貴方のブログのレビューを拝見しました。いつもながら詳細なレポで、感服いたしました。ヴェールの踊りで沸いて出てきたのはアリだったんですね。私には謎のマスクマンに見えたのですが(苦笑)、この情報は今回のグルーバー演出を読み解く上で重要かもしれません。
>団欒シーンの映写はサザエさんの食卓でも(以下略)
さーて来週のサロメさんは…、「ヘロデ ケーキを食べ過ぎでメタボに」「ヘロディアス アイロンを買い替える」「サロメ バドミントンを習いに行く」の3本です、みたいな。違うか。んがんん。
閑話休題、沼尻さんは後期ロマン派周辺の音楽で良い仕事しますね。去年おなじびわ湖ホールで、沼尻さんはN響相手にツェムリンスキー「人魚姫」などを演奏したんですが、そのときもダイナミックで鮮やかな音の響きが印象に残りました。
Posted by: おかか1968 | 2008.10.14 01:04
終局に到るまで、ヨカナーンのことは確かに忘れていました(首だけになってから思い出すのも何ですが)。影薄かったですね
もうおっしゃるとおり、サロメ劇かサロメ一家劇でしたね(団欒シーンの映写はサザエさんの食卓でも投影したら悪趣味でさらに盛り上がったかもしれません)。
自分は、サロメダンスにおける視覚と聴覚の乖離に、あのギャップそのものに燃えてしまいました。。
沼尻監督は本当にいい仕事をしますね。センチュリーとの公演、聴きにいってみたいものです(来年のトゥーランドットは関西二期会の《ルクリーシア》とバッティングしてしまいましたが>この邦題は苦肉の策っていうかんじですね)。
Posted by: Sonnenfleck | 2008.10.13 22:14