「音盤考現学」(片山杜秀著)を読む
片山杜秀氏の近著「音盤考現学」(アルテスパブリッシング/アマゾン)をようやく購入しました。「レコード芸術」誌で2000年に始まった連載を再編したものということで、実はそんなに期待せず読み始めたのですけど、2008年の今改めて読み直すと、彼の慧眼ぶりには驚かされることしきりです。ミレニアムの年に片山氏はすでにヨー・ヨー・マがアジアにベクトルを向けたことに気付き、タン・ドゥンの音楽に潜む「中華思想」に警鐘を鳴らし、細川俊夫は「二代目武満徹を襲名」したと高らかに宣言しています。そしてこれらの「予言」の数々は、気味が悪いほど当たっています。現在ヨー・ヨー・マはシルクロード・アンサンブルを主な活動の場とし、タン・ドゥンは「グリーン・デスティニー」「HERO」などの映画音楽で世界を征服し、細川俊夫の作品は欧米のコンサートホールで頻繁に演奏されているのですから。
日本人演奏家に対しても片山氏の眼光は実に鋭く、数々の指摘の的確さには思わず唸らされます。わずか5ページ足らずの朝比奈隆についての文章は、御大について書かれた他のどの文章よりも、彼の音楽の本質を衝いているように思われます。また小澤征爾の「征爾」という名前の由来は皆様もご存知かと思いますが、その「征」「爾」と名付けた父親の思いについて論考した一節は、まさに「教科書が教えない歴史」そのものです。この箇所だけでも一読の価値があります。この小澤の文章をはじめとして、片山氏お得意の「芸術論」と「政治論」を巧みに織り交ぜた筆致も相変わらず冴え渡っているので、クラシック音楽に詳しくない方でも読み物として十分に楽しめる、素晴らしい内容だと思います。
思えば現在アメリカで話題になっている音楽書「The Rest Is Noise」(by Alex Ross:※)も、政治と音楽がダイナミックに絡み合いつつ動いた20世紀の音楽世界の様相を描いているのですが、「音盤考現学」の持つ「説得力」は、「The Rest~」に勝るとも劣らないと思います。日本にも彼と比肩するだけの書き手が(しかも我々が良く知る評論家群の中に)居たわけですね。この本を日本人だけの知的財産にしておくのは惜しいような気がするので、誰か英訳してくれませんかねぇ(笑)。
(※)「The Rest Is Noise」について記した日本語の記事は実に少ないのですが、少し前に池田信夫氏が自身のブログで言及しています。また著者Alex Ross氏のレクチャーの参加者による体験談がこちらにあります。
あと英語ですが、Ross氏のインタビューが「ガーディアン」紙にありましたのでリンク。ちなみにRoss氏のやってるブログの名前も「The Rest Is Noise」です。ややこしや~。
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