そろそろNYフィル平壌公演について一言言っておくか
いや別に大上段から偉そうな物言いをしようというわけでなく、単にブログ見出しの常套句を使いたかっただけですので。
少し時間が出来たので、ようやく例のピョンヤン・ライヴを最初から最後まで聞くことができました。私が聞いたのはNYフィル公式サイトに3/14までの期間限定でうpされている音楽ファイルです。サイトにある「Listen now」をクリックすると聴くことができますが、高音質なので演奏の様子をはっきりと聞き取ることができます。私はとりあえず適当かつ何となく「新世界」の途中から聞いてみたのですが、数秒聞いて「これは最初から襟を正して聞かないといけない」と悟りました。
先ず「いつものNYフィル以上に金管が分厚い」と感じました。東平壌劇場の響きを考慮して大きめに吹いているのでしょうか。それともマイクセッティングによるものなのか。はっきりとはわかりません。ともかく明瞭に聞き取れる金管パートが、輝かしくゴージャスな響きをオーケストラに与えています。一言でいえば「派手」。 50年代のアメ車のような、これみよがしな程の「押し出しの強さ」です。でも上手い。これほど隅々までクリアに吹かれてしまうと、音のバランスとか何とか煩いことなんて言ってられなくなります。これこそグーの音も出ない説得力。
メインに「新世界」を持ってきたことに「何かウラがあるのでは」とあれこれ詮索している人が多いようですが、ぶっちゃけいうとマゼールがこの曲の演奏に慣れてるから「新世界」にしたんだと思います。彼は色んなところで、いろんなオケとこの曲を演奏しています。私は一昔前にウィーン・フィルとやった「新世界」をラジオで聴いたことがあるのですが、風格のある、実に大きな構えの演奏だったと記憶しています。平壌でもマゼールは基本的にはウィーンと同様のアプローチを取っていると思います。しかし今回の方が細部に「きめ細やかさ」を感じます。弦楽や木管パートの細部の表現に「おっ」と思わせる箇所が沢山ありました。さらに今回の演奏を特徴づけているのは「ダイナミックな音楽作り」です。テンポの揺れも大きく、感情の起伏の激しさも尋常ならないレベルに達しています。曲を通して、音楽への集中度は非常に高いと思います。今回北朝鮮で公演を行うことについて、世界中では様々な「雑音」が飛び交ったわけですが、もしかしてそれらの「ノイズ」はかえって、団員たちを音楽に没入させたのかもしれません。そう感じさせる程の集中力が、この演奏にはあります。「これほどの演奏ならきっと、会場に詰め掛けた観客やTV中継を見た人々に確かな『インパクト』を与えたのでないだろうか…」。私がこれを生で聞いたら、第3楽章からアタッカで始まった第4楽章冒頭部で泣いてしまったでしょう。だからこそ、会場に詰め掛けた観客の殆どが朝鮮労働党幹部だったというのが実に残念なのです。
「新世界」のあとにNYフィルが演奏した3曲については「詮索」が有効だと思います。「パリのアメリカ人」は、花の都の喧騒を描写した音楽です。これはダイレクトに「西側」の雰囲気を伝えるものでしょう。次の「アルルの女~ファランドール」は狂ってしまう男の物語です。これこそ「偉大なる首領様」のメタファーなのでしょうか。ちなみに原作の「アルルの女」では最後に主人公の男が自ら命を絶つのですが。
3曲目の「キャンディード」序曲の場合はちとややこしい。反体制的なメッセージを込めたこの作品を演奏することで「北朝鮮の政治体制を風刺した」という見方が実に多いのです(「中央日報」の記事はその代表格でしょう)。しかしこの作品で作曲者のバーンスタインが槍玉に上げたのは、作曲当時にアメリカを席巻した政治風潮、すなわちマッカーシズムと赤狩りなのです(バーンスタイン自身「赤狩り」のあおりで旅券発給を拒否されたこともありますからね)。だから「批判」の矛先は、今回の平壌公演を痛烈に批判した保守系マスコミなのかもしれません。さて一体どっちなのでしょうかねぇ。
(関連記事)
PBS/American Masters. McCarthyism.
BBC/Edited Guide Entry. 'Candide' by Leonard Bernstein.
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Comments
ばってん様こんばんは。貴重な情報ありがとうございます。早速動画をチラ見しましたが、画質がきれいですね。
DVDも出るのですか。これは買うべきか、買わざるべきか。どうしましょうか…。
Posted by: おかか1968 | 2008.03.06 20:04
こちらだと正規動画が見られます。
http://www.medici.tv/
EUROARTSが近々DVDでリリースするそうで。
http://www.euroarts.com/artikel/pyongyang/
Posted by: ばってん | 2008.03.06 18:06