回顧・ざ・くらしっく2007(1)-「U-31」の力が波のように
2007年のクラシック音楽界を振り返りますと、色々なことがありました。今年日本では、次々と食品の表示偽装が明らかになりましたが、クラシック音楽界でも「偽装」事件がありました。女性ピアニストが商業録音を無断でコピー&加工して作成したCDを「自分自身の演奏」だと偽って売りだす(そしてそれがマニアの支持を集めた)という、「ジョイス・ハットー事件」がそれです(参照1、同2)。あと観客のマナーを巡って、ムーティやラトルなど、一流演奏家たちがコンサートの途中に観客にマナー向上を直接訴える、という出来事があったのも印象的です(参照3、同4)。日本の演奏会場では、フライングブラボー&拍手が相変わらず日常的に起こっていて、その感興を削ぐ行為がネット上でも盛んに槍玉に上がっていました。まあ名古屋での「まだ鐘がある!」事件は、ある意味「珍事」でした。会場に居合わせた人たちにとっては災難以外の何者でもないでしょうが。
年末なので良い話をしましょう。
今年の年頭に私はブログ上で「U-31(31歳以下)の指揮者」「U-35(35歳以下、32歳以上)の指揮者」をリストアップしました。そのとき私は「楽壇に若手指揮者の波が訪れようとしている」という「予兆」を感じていました。そして今、その波は確実に世界の音楽業界を呑み込もうとしています。一年前は「注意報」だったのが今は「警報」になったような、そんな感じです。中でも一番目立った「U-31」世代といえば、やはりドゥダメルでしょうか。彼は1月のロサンゼルス・フィル定期がきっかけとなり、そのまま同団の次期音楽監督の座を射止めてしまいました。その後もルツェルンに「BBCプロムズ」、そしてニューヨーク・フィルと、世界各地での彼の指揮ぶりは常に地元紙やネットで話題となりました。私は最初「また音楽事務所がスターを作ろうとしているな」と、かなり冷ややかな見方をしていたのですが、チェコ・フィルに客演したときの熱狂的な演奏をウェブラジオで聞いてからは「ちょっとコレは押さえとかないと」と方針転換し、その活躍ぶりをウォッチしています。ドゥダメル以外にもウェブラジオを通して何人かの「U-31」世代、「U-35」世代の演奏を聴きましたが、個人的にはイラン・ヴォルコフにトゥガン・ソヒエフにピエタリ・インキネン(再来年1月の大阪フィル定期に登場します!)、そして(私のブログではリストアップしていませんが)バーミンガム市響の次期音楽監督であるアンドリス・ネルソンス(29)らの演奏に強い印象を受けました。
ここからはあくまで私の個人的意見になりますが、彼ら「U-31」世代の特徴は「強い統率力」、そして「強い個性」です。一時期若手指揮者といえば、きれいでわかり易いタクトさばきだけど、聞こえてくる音楽はどれも似たり寄ったり…という印象が無きにしも非ずでした。しかし「U-31」世代の指揮者たちは、オケをしっかりと統率しつつも、彼ら自身の「個性」を確実に音に刻んでいます。
若くしてオーケストラを掌握する術を見につけた指揮者が、雨後の筍のように現れる背景には、指揮者を志す若者たちに対する教育が進んできたことが背景にあります。ドゥダメルが「エル・システマ」の申し子であることは皆様もご存知の通りですが、インキネンは14歳から名指揮者にして名教師のヨルマ・パヌラ氏の指導を受ける一方、優れた教育システムを持つシベリウス・アカデミーを卒業していますし、ロンドン生まれのロビン・ティチアーティ(来年4月、東京と大阪で「フィガロの結婚」を指揮します)は15歳でサー・コリン・デイヴィスに師事する機会に恵まれています。もはやヴァイオリニストやピアニストだけでなく、指揮者にも「早期教育」が重要視されようとしているのです。
さて音楽業界に押し寄せている「波」が、もう一つあります。それは音楽配信の波です。これについては最新ニュースも交えて、次のエントリで述べてみたいと思います。
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Comments
インキネン、日本フィルの首席客演指揮者就任が発表されてましたね。
日本で彼らの演奏を聞く機会が増えそうです。
Posted by: まう | 2009.03.09 15:18