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2007.11.03

ピアニストからサッカー選手に転身し、引退後再びピアニストになったイスラエル人

 昨日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙が、本日(11/3)カーネギー・ホールでリサイタルを開くエリシャ・アバス(35)を取り上げています(→参照)。この聞き慣れない名前のピアニスト、実はすごい経歴の持ち主なのです。

 エルサレムで生まれ、4歳で周囲からピアノの才能を認められたアバスは、若くしてイスラエルの代表的なピアニストで名教師でもあるプニーナ・ザルツマン(1922-2006, →Wikipedia)の門下生となります。その後もめきめきと腕を上げた彼は、アルトゥーロ・ルービンシュタインの前で演奏する機会に恵まれます。アバスの演奏に感激した老巨匠は、小さな名手にロレックスをプレゼントしたといいます。
 アバスのピアニストとしてのハイライトは、11歳のときに訪れます。1983年12月にカーネギー・ホールで行われたルービンシュタインのトリビュート・コンサートで、アバスはバーンスタインと共に舞台に立ち、ショパンのワルツ、ノクターン、マズルカを披露しました。このコンサートのレビュー記事では、当時の彼の演奏を以下のように紹介しています。

"...The playing was just as it should have been; in other words, its exaggerations of phrase and abrupt changes of tempo and dynamics were the natural product of a talented child joyously playing a new game called ''music interpretation.'' Young Mr. Abas seemed so at ease and so enjoying himself that one could scarcely call this pressure-filled Carnegie Hall exposure a case of child exploitation. Still, one hopes that he will be allowed his remaining years of childhood and not pushed too far too quickly..."

 「ショパン演奏はかくあるべきだ、という条件を満たした演奏」「緊張感に満ちたカーネギー・ホールのなかで、彼はすごくリラックスして演奏を楽しんでいた」と書かれています。
 この後も12歳でメータ指揮イスラエル・フィルと共演するなど、コンサート活動を続けていたアバスですが、14歳のときに突然、精神的不調と全身の痛みに苦しめられるようになります。「神経症」と診断され、休息をすすめられた彼は、ピアニストとしての活動休止を余儀なくされました。
 ここまでなら、よくある「神童を襲った悲劇のストーリー」なのですが、アバスの人生が面白いのはここからです。その後の彼はサッカーに興味を示すようになり、やがて猛練習の末にプロサッカー選手にまで登り詰めるのです。アバスは「ピアノ練習で身に付いた勤勉さが、サッカーの練習にも役に立った」と述べています。彼はイスラエルのクラブチーム、ハポエル・アクレ(→Wikipedia)のDFとしてプレーし、2000/01シーズンには公式戦でゴールも決めています。イスラエル3部リーグの同シーズン第25節の試合結果を見ると、確かに「Elisha Abas」の名前があります(余談ですが、このときのアバスのゴール、後半終了直前の劇的同点弾ですね。なにげに凄い)。
 2001年にサッカー選手を引退したアバスは、コンサート・ピアニストとしてのキャリアを復活させるべく、再度ザルツマンの教室の門を叩きます。2006年に師の逝去を病床で看取ったあと、彼はアメリカに本拠地を移し、小ホールなどでの地道なコンサート活動を経て、ついに24年ぶりにカーネギー・ホールに帰ってきた、というわけです。
 アバスの公式サイトでは、彼の最近の演奏の一部(ラフマニノフ、リスト、ショパンなど)を聞くことができます(→こちら)。私も聞いてみましたが、ザルツマンに師事した片鱗が伺えるというか、なかなか堂々たる演奏ぶりでした。

(関連動画)

12歳のときのアバス。メータ指揮イスラエル・フィルとモーツァルト「ピアノ協奏曲第23番」を演奏しています。

現在のアバス。完全に「現役を引退した元サッカー選手」的風貌です。

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» ピアニストがサッカー選手になった例がある件 [裏planet b.]
ピアニストとサッカー選手という仕事が1人の人間にできる仕事だとは考えにくいですが、実際にそれを成し遂げた人物がいたというから驚きです。 彼の名はエリシャ・アバス(Elisha A... [Read More]

Tracked on 2007.11.29 19:57

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