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2007.08.01

【不定期連載】全く役に立たないロシアピアニズム・ガイド⑤ スビャトスラフ・リヒテル

 本当に、ほんとうに忘れた頃にやってくる、ロシア出身のピアニストを紹介する「役に立たない」シリーズです。今日(8月1日)がスビャトスラフ・リヒテル(1915- 1997)の十周忌の命日だということを、てつわんこ様のブログを見て思い出しました。この機会にリヒテルについての雑文をupさせて頂くわけですけど、この原稿、随分昔に書き上げてはいたのですけど、なかなか発表するタイミングが掴めなくて、結局今日まで寝かせていたものです。

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 正規・非正規を問わず、彼の音盤の数の多さには他に類を見ないものがあります。当然私はその音源の全てを耳にしたわけではありませんし、ましてや実演で聴く機会にも恵まれなかった(一度チャンスはあったのだけど、そのときリヒテルは公演をキャンセルしてしまった…)ので、この20世紀を代表する芸術家について多くを語る資格はありません。ここでの記事は、あくまで私の個人的な覚書程度に思っていただければ幸いです(だからこそ「役に立たない」ガイドなのですが)。
 私がクラシック音楽に興味を持つようになった80年代、リヒテルはまだ現役でしたが、彼の演奏を知るにはDGやEMIから出ている商業録音を聴くのが一般的だったように思います。周囲に薦められるままにそれらの録音を聴いたときの私の印象は「なんて無愛想な演奏だろう」というものでした。今思うとDGの協奏曲録音での、オーケストラに伍するピアノのスケール感は悪くはないのですが、当時の私にはリヒテルが「目の前の鍵盤を叩く」という任務を黙々と遂行しているだけの存在に思えてなりませんでした。私はそのころ軽妙洒脱なシューラ・チェルカスキーのピアノに熱を上げていたので、なおのことリヒテルの演奏に人間味が不足しているように感じられたのでしょう。

Richter_in_sofia_1958 そんな私の偏向的なリヒテル観に修正が加えられたのは、ネット時代になって外国から情報が入るようになってからです。「とりあえずリヒテルといえばコレを聴け!」と海外メディアで盛んに語られていたのは1958年のソフィア・リサイタル(写真上;→amazon.co.jp/HMV)、中でも「展覧会の絵」です。その情報に従い、とりあえずライブCDを聴いてみたらぶったまげてしまいました。「バーバ・ヤガの小屋」あたりからの音の洪水、音の濁流、音の竜巻がうなりを上げている様といったら!。何と言うエネルギー!そして何と言う破壊力!聞き手は「キエフの大門」の最後の音が鳴り止むまで、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待つしかありません。それこそ吹き飛ばされてしまいそうなほどの迫力を体感したのです。
 それ以来リヒテルの、特に1950年代の演奏は私にとって格別の存在となりました。この時期のライブ音源はそのどれもが圧倒的な技巧、圧倒的な表現で強い印象を聞くものに与えます。激情的な「熱情」ソナタ、動乱が勃発したかのような「革命」エチュード、作曲家自身もさぞやここまでは弾ききれなかったのではと思わせるリストの「ロ短調ソナタ」と「超絶技巧練習曲集」。このような演奏をリヒテルは世界各地で披露し、そして各地で旋風を巻き起こしたのでしょう。

Richter_schubertd960 ただ50年代のリヒテルは正直聴いてて疲れます。もう少し抑制の効いた演奏であれば、と思わないでもありません。晩年になるとリヒテルは50年代の爆発的エネルギーは影を潜め老成していきますが、それ以上に音楽自体に生気が失われてしまい、個人的には魅力を余り感じません。その点、壮年期と老年期の丁度中間点辺りの60~70年代の演奏からは、まさに心技体のバランスが取れた、充実した演奏を聴くことが出来ます。この円熟期の最大の収穫が、有名なバッハ「平均律クラヴィーア曲集」全曲演奏会(いわゆる「インスブルック・ライブ」)なのですが、ここではもう一つ、去年発売された「オールドバラ・リサイタル」(写真下;→amazon.co.jp/HMV/@TOWER.JP)でのシューベルト「ピアノソナタ第21番」の演奏を挙げたいと思います。シューベルト的な叙情性の中に劇的な心情の発露を織り交ぜつつ、それでいて最終的には揺るぎない「風格」を感じさせてくれる、まさに完全無欠の素晴らしい演奏です。

(追記)今やリヒテルといえばコレでしょう↓

ショパン「練習曲嬰ハ短調Op.10-4」です。これぞ「吹き飛ばされそう」な迫力!

あと来日公演での(1974年6月1日収録と推定される)ベートーヴェン「ピアノソナタ第32番」も悪くない演奏です(その1その2その3)。

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Comments

michelangeli様こんばんは。リヒテルを実演で聞かれたのですね!うらやましい…。

若き日のレコーディングの中に「無愛想」な演奏がある、と書いた件ですが、今は私もその評価を改めております。しかし青年期のリヒテルは、母国ロシアでも「人間性に欠ける」と評されることがあったようです。そんな話を聞くと私は「どんな芸事でもトコトンまで極めてしまうと、どうしても『面白みが無い』とか『つまんない』と捉えられてしまうのかな」と思ったりします。

それから、整備の行き届かないピアノで見事な演奏を聞かせたというエピソード、興味深く拝見いたしました。リヒテルの師匠であるネイガウス、彼の同輩のピアニストたち、そして先ごろ亡くなったロストロポーヴィチにも言えることですが、この時期のロシアの演奏家たちは、精神的にとても「タフ」でしたね。この「打たれ強さ」が、当時の厳しい政治体制の副産物である、というところが悲しいのですけど。

Posted by: おかか1968 | 2007.08.06 at 18:55

以前の「Youtubeに見るロシアピアニズム」でMayumiでコメントさせて頂きましたMichelangeliと申します。
リヒテルは80年代初めに二回ほどコンサートに行きましたが まだ学生でクラシックを真剣に聞き始めて間もなかったのであまり良く覚えていない。感動している母の横で何が感動的だったのかよくわからないままだったことを覚えています。非常に礼儀正しく、大柄で、その名声に拘わらずおごったふうの無い方という印象でした。ずっと後で「ソフィア」の録音をきいて、実演の場にいながら何もわかってなかった自分の無知を嘆きました。
初めてのの印象を述べられた中で「なんて無愛想な演奏」とおっしゃっていますが、リヒテルの「爆発的」な演奏よりもその「無愛想」に聞こえる演奏に私はとても惹かれます。その向こうに深く構築された世界があるように思います。やはりYoutubeで紹介されていた映像の中でリヒテルがとある場所で(確かある国のソビエト大使館だったと思うのですが全く違うかもしれません、Youtubeで検索する意欲は今無いので。ごめんなさい。)是非にと頼まれピアノを弾くことになったがそのピアノが全くひどい代物でこんなピアノでは弾けないと断ったが既に観客は入っている,そこを何とかということで結局演奏した。ところがこれがとてもすばらしい演奏になった。べつの機会ではたくさんのピアノの中から(Yamahaだったと思う)ピアノを選ぶことができたがそうした結果の演奏は自分の納得のいくものではなかった。といった趣旨の話が紹介されていました。良い楽器に越したことは無いと思いますが、リヒテルのピアノに対する一期一会のようなものを強く感じて感動しました。演奏家の人となりをいちいち知りたくはない、演奏のみでその世界に触れたいと日ごろ思っているのですが、リヒテルはその人間性を垣間見ずにはいられない魅力にあふれた、ストイックなピアニストだったと思います。

Posted by: michelangeli | 2007.08.06 at 08:52

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