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2007.05.28

音に触れた日

 会場入りしてとりあえず驚いた。ステージ両サイドに備え付けられたスピーカーからは洋楽ロックが大音量で流されている。五色のスポットライトで照らされたステージには複数の打楽器のセットとピアノ、そしてマイクが所狭しと並ぶ。一瞬「今日ここだったな!?」とチケットを見直してしまうほど、ステージの雰囲気は地方の公民館のコンサートというより、都会のライヴハウスのそれに限りなく近かった。 
 「なんでPAを使うんだろう…」。しばらく事態が飲み込めないまま、一旦席を立ちロビーをうろつく。私の周囲にいるのは普段着のミセスたち、子供の手を引いた夫婦、ラフな服装の若者、そして手話で会話をする人々や補聴器をつけた人たちもいた。明らかに普段のコンサート会場とは違う客層の人たちが、この日の各務原市文化会館には多数詰め掛けていた。

 開演が近づいたので、再びスピーカーを目前に控えた席につく。ウーファーの振動が私の耳の鼓膜だけでなく、体全体を震わせる。このとき私は閃いた。

 「わかった!このPAは、聴覚障害者にも『音楽』を伝えるための手段だったんだ!」

 照明が落とされ、BGMがさらに大音量となる。やがて舞台袖からこの日の主役が登場。会場からは温かい拍手が起こる。音楽が突然止み、舞台中央がパッと明るくなった。マレットを4本持った状態で腰を下ろしたデイム・エヴェリン・グレニーがそこにいた。彼女は座った姿勢のままマレットとバスドラムを操りライヒの「クラッピング・ミュージック」を一人で演奏した。その後は舞台上にある複数のセットの間を行き来しつつ、時にはソロ、そして時にはピアノとのデュオを披露した。
 打楽器のトレモロと完全にシンクロしたピアノの分散音。マレットが鍵盤を打ち付けた時の鈍い音。何かが砕けるようなシンバルの破裂音。バスドラムの強い衝撃。それらは全てスピーカーを通じて、ホール全体に放射される。その波動が我々の皮膚に次々と、まさに波のように伝わってくる。確かに今、私は音を体で感じていることを実感する。これぞ「体感」だ。
 
 私の体はヴァイブしつつも、同時にデリカシーに欠ける会場の音響にフラストレーションも感じていた。この日のような音響セッティングだと、どんなにニュアンス豊かにマレットを操っても、マリンバの持つ弱音の繊細さが伝わらない。しかし私がデイム・エヴェリンとそのチームの意図を知ってしまった以上、その思いは胸の奥にしまっておく他ない。

 アンコールの「熊蜂の飛行」の演奏が終わった。喝采に包まれた客席が、やがて明るく照らされる。席を立った私は車を走らせ、夕日を眺めながら考える。

 今日のコンサートは、演奏曲目から舞台装置に至るまで、所謂「クラシック」の領域からは完全に逸脱していた。しかしノンPAで得られる「繊細さ」を犠牲にしてでも、デイム・エヴェリンは音楽を「伝えたい」人たちに向かって、音楽を知ってもらおう、音楽に「触れて」(=タッチ)もらおうとしていた。そういえば彼女が主演した映画の題名は「タッチ・ザ・サウンド」だった。
 彼女はどの音楽家よりも、数多くの人に自分の音楽を楽しんでもらおうとしている。しかもその「本気度」は相当のものだ。これは実はとてつもなく大変なことではないか。ある特定のファンを相手に、そのファンの嗜好に合わせた音楽をやる方がずっと容易いことかもしれない。

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(Program List)

1.Reich:Clapping music
2.Psathas:Drum Dances
3.Matthias Schmitt:Sech Miniaturen
4.Zivkovic:Quasi Una Sonata Op.29
5.Zivkovic:Ilijas
6.Sierra:Los Destellos de la Resonancia
7.Veldhuis:Barracuda Solo
8.Abe:Prism Rhapsody
(Encore)
9.Psathas:Fragment
10.R.Korsakov:Flights of the Bumble-Bee

Dame Evelyn Glennie(Percussion)Philip Smith(Piano)
Date:May 27, 2007
Venue:Kagamigahara City Civic Hall

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Comments

モイーズ様こんばんは。情報ありがとうございます。
>ポニーキャニオンから「Touch the Sound」のDVDが(以下略)
そうでしたか。

この映画、私は未見です。でもネット情報を眺めていると「この映画でデイム・エヴェリンの存在をはじめて知りました」という人がものすごく多くてびっくりしました。

Posted by: おかか1968 | 2007.05.30 at 22:56

偶然にも、今月25日にポニーキャニオンから「Touch the Sound」のDVDが発売されたらしいです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000NJLVQU/okaka1968diar-22

Posted by: モイーズ | 2007.05.30 at 22:19

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