« Ich habe genug | Main | メトの世界戦略、そして… »

2007.03.02

N響 来期は音楽監督不在

 先日第55回「尾高賞」が発表されましたが、それを伝える「朝日新聞」の記事の下に、ある意味尾高賞よりも重要な発表が潜んでいました。以下より勝手に引用失礼;

またN響は、現在音楽監督を務めるウラディーミル・アシュケナージさんが、8月末に3年の任期を終えたあと、音楽監督の後任を置かないことを明らかにした。今後は首席客演指揮者を置く方針だが、誰にするかはまだ決めていないという。

 「8月末」というのは今年の8月ですから、要は来シーズンのN響は音楽監督不在となるわけです。常設オケで音楽監督(あるいは「首席指揮者」などのポスト)を置かないところといえば、ウィーン・フィルと(もともと「指揮者」を置かない)オルフェウス室内管くらいしか思いつきません(他の事例がありましたらご教示下さい<読者の皆様)。一体全体どうして、このようなことになったのでしょう。私はN響定期会員でもありませんし、あまり大それたコトを言うべき立場に無いことは自覚しておりますので、今回の件に関してあれやこれやと詮索するのは控えたいと思います。しかし最近のN響ライブをテレビを見てると、従来の「巨匠」路線を貫くのか、(東京交響楽団のように)欧州の演奏様式のトレンドを取り入れていくのか、楽団としての方向性が今ひとつ定まっていないような気がします。今回の人事発表が、その辺の「迷い」の表れでなければ良いのですが。

(3/3追記)コメント欄で「N響は音楽監督(またはそれに順ずるポスト)が不在だった時期の方が長い」というご指摘を受けました。「音楽監督を置かないのが異例」という表現は不適切に思われるので、この文言を削除いたしました。読者のご指摘に感謝すると共に、誤解を受けるような表現を行ったことを心よりおわび申し上げます。

|

« Ich habe genug | Main | メトの世界戦略、そして… »

Comments

Massie様こんにちは。ご指摘ありがとうございます。

>日本人の正指揮者や、外人の名誉・桂冠指揮者などは置かれていましたが(以下略)、
そうでしたか。「正指揮者」のポストが置かれていても実際に機能していたとは言いがたい状況が続いていた、ということですね。
N響の場合「常任を置く方が異例」だったということになると、常任を置かないことを特別視する必要は無いかもしれません。私の方もN響「名誉指揮者」「正指揮者」の役割などを誤解していた部分もあります。このブログで問題視するのは不適切だったかもしれませんね。

Posted by: おかか1968 | 2007.03.03 at 17:04

はじめまして、いつも楽しく読ませていただいています。

今回のN響音楽監督の件ですが、わたしにはそれほど異常なこととは思われません。
N響は1998年9月にデュトワがその任につくまで音楽監督を置いていませんでしたし、常任指揮者も1996年9月にそのデュトワがつくまでは1965年にさかのぼるまで置いていませんでした。

日本人の正指揮者や、外人の名誉・桂冠指揮者などは置かれていましたが、その日本人正指揮者はほとんど振らない状況でしたし……。

1980年代からN響を聴きはじめたわたしとしては、そのほうが当たり前であって、常任・音楽監督を置きはじめた1990年代末からのほうが特殊な感じがしています。
もちろんわたしは、常任・音楽監督を置いてからのN響に期待していましたが。

Posted by: Massie | 2007.03.03 at 15:38

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/24023/14106712

Listed below are links to weblogs that reference N響 来期は音楽監督不在:

« Ich habe genug | Main | メトの世界戦略、そして… »