「トリスタンとイゾルデ」を堪能
先ず第1幕で主役の二人が杯をあおるシーン。それまで波のように絶え間なく続いていた音楽が、突如として凪のように止み、やがて神秘的で、霊的な瞬間が訪れる。そのときの音楽の「間」が実に絶妙で良いのです。そして第2幕。二人が出会うシーン(CD 2, Track 6)の輝かしさと眩さはどうでしょう!ここで特に印象的なのは、ミッチンソン(トリスタン)とエスター・グレイ(イゾルデ)の声の「若さ」です。好楽家はよく「イゾルデって実は、10代の少女という設定なんだよね」みたいな講釈を垂れたりしますが、この逢瀬の場面での二人の歌唱には、少年と少女の青春の熱い血潮とでも言うべき清新さに満ちています。そこには「不倫カップルの密会」的な隠微さでなく、もっとピュアで美しい愛情表現があります。そしてこのあとの「夜の音楽」では、一転して落ち着いた愛の語らいが続くのです。この好対照も実に劇的で素晴らしいものがあります。それにしてもグッドールは第2幕を収録するにあたって、歌手たちにどんな指示を出したのでしょう。「魔法の薬」ならぬ「魔法の言葉」でも投げかけたのでしょうか。
そして今回グッドールの「トリスタン」を通して、改めてワーグナーの音楽そのものが持つ「ドラマ性」にも気づかされました。第2幕では愛に燃える二人が長い時間を掛けて語り合い、求め合い、やがて法悦の境地へ…というところでワーグナーはわざと音楽を「トニカ」の形で解決させません。音楽が解決をみるのは、最後の最後でイゾルデがトリスタンの屍に寄りかかり絶命する、「愛の死」の場面なのです。この音楽の構造は、肉体的な男女の結びつきの儚さ、そして二人の死によって尊い純愛が守られたことを象徴しているかのように、私には感じられます。
(関連記事)【レビュー】グッドールのブルックナー第7番 (2004年6月7日のエントリ)
-----------------------------
●Wagner:TRISTAN UND ISOLDE●
[Cast]
Tristan:John Mitchinson
Isolde:Linda Esther Gray
Konig Marke:Gwynne Howell
Kurwenal:Philip Joll
Brangane:AAnne Wilkens
Melot:Nicholas Folwell
Hirt:Arther Davis
Ein Steuermann:Geoffrey Moses
Ein junger Seemann:John Harris
The Orchestra & Chorus of Welsh National Opera
Conductor:Sir Reginald Goodall
(Decca/Tower Records, PROA-67/70)
The comments to this entry are closed.
Comments
はじめまして。
《トリスタン》を好きになりたいが、なれないでいる者です。
その理由は聴き手にも、とてつもない負担を強いる作品だからだと思います。
ある本には、「トリスタン役が途中で音声障害のため歌えなくなり、歌手が入れ替えるという事態にしばしば遭遇する」や「カイルベルトは2幕の指揮中に心臓発作で亡くなった」等。
そりゃ聴く方も疲れるわ!と言いたくなります。
私はワーグナーの演奏に力強さやスケールの大きさをあまり求めていません。
C.クライバーとベームの演奏を聴きましたが、途中で疲れて、今はホコリが積もっています(泣)。
例えばヤノフスキの《指環》はスケールの大きさはないが、木目細やかで聴いていて疲れない、どころか癒されます。
非常に優れた演奏だと思います。
グッドオールの《トリスタン》はどのようなものでしょう?
聴き手にもスタミナを求める演奏なのでしょうか。
よろしければ教えて下さい。
宜しくお願い致します。
Posted by: オックス | 2010.05.29 14:25