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2006.12.19

【レビュー】二人のカテリーナ

 最近ショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」と、その改作である「カテリーナ・イズマイロヴァ」のDVDを2本立て続けに鑑賞しました。まずは1966年にソ連で製作されたオペラ映画、「カテリーナ・イズマイロヴァ」からご紹介。

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◆歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」◆

(配役)
カテリーナ・イズマイロヴァ:ガリーナ・ヴィシネフスカヤ
ジノーヴィ・イズマイロヴァ:ニコライ・ボヤルスキー(歌:V・ラズネフスキー)
セルゲイ:アルテム・イノテンツェフ(歌:V・トレチャク)
ボリス・イズマイロヴァ:アレクサンドル・ソコロフ(歌:A・ヴェデルニコフ)
酔った客:ロマン・チャフク(歌:S・ストレジネフ)
ソニェートカ:タチアナ・ガブリーロヴァ(歌:V・レカ)

(管弦楽&合唱)キエフ・シェフチェンコ・オペラ&バレエ劇場管弦楽団&合唱団
(指揮)コンスタンティン・シメオノフ
(監督)ミハイル・シャピーロ
(DECCA, 074 3137, ASIN:B000I5YRJC)

 この映像作品は、生前ショスタコーヴィチが高く評価していたという、キエフ・オペラのプロダクションが下敷きになっています。
 このビデオの最大の見ものは、主役を歌うヴィシネフスカヤでしょう。本当に彼女の存在感は圧倒的です。他のキャストは全員役者と歌手が別人物なのですが、彼女の演技はプロの俳優たちに交じっても全く見劣りしません。それに加えて演技同様、いやそれ以上の存在感を持つ声があるわけですから、まさに鬼に金棒です。気品漂う夫人がセルゲイによって一人の「女」となり、そして最後にはやつれた女囚人となっていく「七変化」ぶりには目を見張ります。舅を毒殺するシーンと、そのあとで家に押しかけた神父たちを前にした「迷演技」はまさに「魔性の女」そのものです。
 その他のキャストで目だってたのは酔っ払いのおっちゃん(死体を見つけて警察に通報する人のことです)。いかにも「ロシアの役者さん」的な大げさな身振りなんですが、「お酒を飲んでオイラとっても幸せ」感がものすごく出ていて微笑ましいです。酔っ払いが酩酊する場面というのは他のオペラでも頻出するシーンですが、西欧の歌手たちは(特に最近の凝った演出の舞台では)みんなホントに苦しそうに演技するので、見ていて辛い思いをすることも多いのです。でもこのビデオに出てくる酔っ払いは思わず「くすっ」とさせられます。この箇所だけでなく「カテリーナ~」には(もちろん改訂前の「ムツェンスク郡~」にも、ですが)物語自体は非常にシリアスなのに、随所にほんのちょこっと、隠し味程度のユーモアを挟み込んでいます(例えば舅が「もう少し若ければ…」とよからぬ妄想に耽るシーンなど)。その辺りにショスタコーヴィチの演劇に対する「感覚」の鋭さがよく現れていると思います。
 あとこの「カテリーナ~」全体を見て、私はこのオペラには「暗喩的表現」があると強く感じました。因習的な田舎社会で苦しんでいた人間が、戦いのあと自由を得る。しかし自由を謳歌する筈が近所の通報で捕らえられ、暗黒社会へと送られる。ここで描写されているのは19世紀から20世紀前半にかけてのロシア人、ひいては当時のソ連そのものではないか。そんな思いを抱きました。こうして考えると「カテリーナ~」がソ連内でも上演を許可されたことは奇跡的なことだったのかもしれません。
 さて次は今年6月に収録された、ネーデルランド・オペラによる「ムツェンスク郡のマクベス夫人」のビデオを。

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◆歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」◆

(配役)
カテリーナ・イズマイロヴァ:エヴァ=マリア・ウエストブレーク
ジノーヴィ・イズマイロヴァ:ルドヴィド・ルドハ
セルゲイ:クリストファー・ヴェントリス
ボリス・イズマイロヴァ/老囚人:ヴラディーミル・ヴァネーエフ
アクシーニャ:キャロル・ウィルソン
司祭:アレクサンドル・ヴァシリエフ
酔った客:ヨーン・ファン・ハルテレン
ソニェートカ:ラニ・ポウルソン

(管弦楽)ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
(合唱)ネーデルランド・オペラ合唱団
(指揮)マリス・ヤンソンス
(演出)マルティン・クシェイ
(Opus Arte, OA 0965 D, ASIN:B000JJRACI)

 前述の「カテリーナ~」は、ロシアの体臭が強いプロダクションでしたが、こちらは演出家のコンセプトが前面に押し出された、スタイリッシュでヴィジュアルにも強く訴えるステージです。まさに典型的な「西欧の最先端オペラ」です。
 この公演での演出のテーマは「性と暴力」だと、特典映像で演出家のマルティン・クシェイは語っています。しかし彼の舞台を見ればそのコンセプトは否が応でも伝わってきます。「性」の象徴となる主役はウエストブレーク演じるカテリーナですが、彼女のブロンドヘアは歌手のマドンナにクリソツです。彼女がキャミソール姿で艶かしく横たわる自室に並べられた沢山の靴は、彼女の「マテリアル・ガール」的性格を物語っていますし、セルゲイとの度重なる情交は正に「イン・ベッド・ウィズ・カテリーナ」です。性的描写で有名な「ムツェンスク郡~」の舞台としては、まさに「期待通り」の展開です。
 で肉欲がステージを支配する前半部は良いとして、後半部で舞台を監獄に置き換えたのには正直戸惑いを禁じ得ません。「カテリーナ~」のDVDで荒涼とした大地の映像を見た後だったせいもあるのでしょうが、私は流刑者たちによるあの痛ましいコーラスを聞くとシベリアの情景しか浮かんでこないのです。その場面での、音楽と映像とのギャップの激しさには正直参りました。ちなみに(最近のオペラ公演ではよくあることですが)最後のシーンは原作と異なる結末となっていますが、あの終わり方だと「結局カテリーナは愛欲に溺れて身を持ち崩しちゃったのね」的な陳腐な感想しか私の頭には浮かんでこないのですが。
 ただ歌手陣は概ね好演でした。特に際立っていたのはカテリーナとボリスを演じた二人。ウエストブレークは妖艶な「マドンナ風カテリーナ」を演出家のコンセプトに忠実に演じていましたし、彼女の舅ボリスと囚人の二役のヴァネーエフは「これぞロシアのバス歌手」的な重厚さでした。そして合唱は実に素晴らしかった。アクシーニャをいたぶるシーン(DVD1, Track 10)、婚礼のシーン(DVD2, Track 5) 、そして前述の流刑者のシーン(DVD2, Track 8)、どれも見事な表現力でした。最後になりましたが、ピットに入ったコンセルトヘボウ管は「さすが名門オケ」というところを随所に見せていました。間奏曲の場面はもちろんのこと、レジタティーヴォでの短くて本当に何気ないフレーズにさえ、聞き手に訴えかけてくる「何か」を感じさせます。それは指揮のヤンソンスの功績でもあると思います。舞台と一体化した彼の指揮ぶりは映像でもばっちりと収められています。酔っ払いが死体を発見するシーンに続く間奏曲(DVD1, Track 37)でのヤンソンスの鬼気迫る表情は、なかなかの見ものです。
 さて今回「ムツェンスク郡~」と「カテリーナ」を立て続けに見た後、両歌劇の音楽的差異と、それが生む「劇」としての差異について、思うところが幾つかあったのですが、それについてはまたの機会に、ということになりそうです。いつのことになるかわかりませんが。

(追伸)「ムツェンスク郡~」から「カテリーナ~」への改作の経緯については、「ショスタコーヴィチ全作品解説」(工藤庸介著:→amazon.co.jp)に掲載されています(pp.229-232)。

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