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2006.11.19

【演奏会レポ】アーノンクールの「メサイア」

(演奏)
ユリア・グライダー(ソプラノ)
ベルナルダ・フィンク(アルト)
ヴェルナー・ギューラー(テノール)
ルーベン・ドローレ(バス=バリトン)
ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
アーノルド・シェーンベルク合唱団

(2006.11.18 京都コンサートホール・大ホール)

 3時間の長丁場だったので、後半になるとお尻の辺りが少し痛くなりましたが(笑)、「生アーノンクール」、良かったです。

 アーノンクールの「メサイア」は、人間的な息づかいが感じられ、ヒューマンで情感的な音楽でした。そのことを一番感じたのが「主の生誕」が扱われる「第一部」です。そこでキリストの生誕を知らせる合唱(第11曲)は実に格調高い部分ですが、アーノンクールの音楽は穏やかで、静かにイエスの誕生を伝えます。他の演奏(例えばバッハ・コレギウム・ジャパンのCD演奏)ではもっと宗教的な荘厳さが強調されるところなのですが、私はやや意外な印象を抱いたのです。
 そんな気分で手許のコンサートプログラムに目を落とすと、この部分は以下のような歌詞になっています。

「ひとりのみどり子が 私達のために生まれる

ひとりの男の子が 私達に与えられる」

(イザヤ書9:6より、太字加筆)

 一般的解釈としては「私達」というのは「キリストを信ずる者たち」(すなわち信者)を指すのでしょうが(私はこのあたり不勉強なので、もし違ったらご教示お願いします)、昨日の自然で優しく語るような合唱を聴いてると「私達」とは、「信心深い」とは言いがたい生活を送ってる(キリスト教徒でも無い)自分のことなのでは、と思ってしまいました。それほど私の心に直接伝わる親しみやすいメッセージ性を感じました。そして私はある意味オペラや劇を観ているように、メサイアの世界に「感情移入」していったわけです。
 「第二部」になると、アーノンクールの表現描写が先鋭化します。冒頭部の「despised, and rejected」(さげすまれ、のけ者にされ)のアリアは実に弱々しく哀れですし、それに続く合唱の箇所では磔にされたキリストの傷の痛みをこれでもかと執拗に表現します。ここではキリストの受難を伝える歌詞に則した形で、リアルさが追求されています。この部分は明らかに宗教的精神よりも、肉感的な表現の方が前面に押し出されています。昨日のホールには明らかに聖職者の身なりをした方々も見かけましたが、その方々はこの日の「メサイア」をどう感じたでしょう。
 しかし私の目前で展開された音楽の魅力には抗し難いものがありました。特筆すべきは、小編成アンサンブルと合唱、独唱との間にあった音楽の有機的な繋がりです。「第一部」冒頭のテノールのアリアではソロのフレーズと、それに呼応する第1ヴァイオリンがまさに同じフレージング、同じ息づかいで演奏していました。この一体感は、アリス・アーノンクールを始めとするベテラン奏者たちが中心となり、同じアンサンブルで何度も演奏を重ねた結果なのでしょう。実は私、今回の来日公演のスケジュールが実にタイトなので、会場に着くまで正直「練習不足」を心配したのですけど、これは完全に私のとりこし苦労でしたね(笑)。
 さて昨日の情感的な「メサイア」は、「やや世俗的かな」とも感じられないでは無かったわけですが、その点はあながち的外れとも言い切れないと思います。「メサイア」のテキストは広く人々に伝わりやすい内容を持っています。「ハレルヤ・コーラス」の歌詞は、宗教的権威と初演当時の大英帝国の権威とがダブって感じられますし、「第三部」の最後のアリアの「神が私達の味方であるなら、誰が私達に敵対するでしょう」から始まる一節は、「神を信じれば救済される」的な、大衆にもアピールしやすい明快さです。そのシンプルさが、この曲が250年以上前の初演から絶えず演奏され続けている理由なのでしょう。そんなメサイアの持つ「大衆性」を考えると、この日アーノンクールは「メサイア」の明快さを見事に表出していたと言えそうです。


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●Program Note●

Händel:Messiah
Venue:Kyoto Concert Hall
Date:November 18, 2006

Julia Kleiter(Soprano)Bernarda Fink(Alto)Werner Güra(Tenor)Ruben Drole(Bass-baritone)Nicolaus Harnoncourt conducts Concentus Musicus Wien and Arnold Schönberg Chor

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