« チベットとモーツァルト | Main | ファリネッリの墓を暴く科学者たち »

2006.07.20

ドラマで描かれるクラヲタ像

 CX系ドラマ「結婚できない男」(→公式サイト)の主人公がクラシック音楽の愛好家ということについて長々と。

 映画やドラマ、小説などで、登場人物の性格を浮き彫りにする目的で趣味や嗜好を描写することは、ごく一般的に用いられる手法です。フィクションの中で描かれる登場人物たちの食べ物の好み、車や衣服、そして音楽などの嗜好は、ライフスタイルだけでなく、社会的地位や思想までも反映していることがままあります。例えばルイ・マル監督の映画「好奇心」(→amazon.co.jp)では、主人公たちにチャーリー・パーカーのLPを万引きさせています。そのLPを独り部屋でカンガンに掛けながら妄想に耽る姿は、大人の世界に対する好奇心旺盛な思春期の少年そのものです。また最近話題となった小説「ウルトラ・ダラー」(→amazon.co.jp)の主人公である英国の特殊工作員は、篠笛のレッスンを定期的に受けていますが、そこからは彼の日本(または日本人)への思いの深さが伺えます。その思いの深さゆえに彼は日本に「深入り」することになっていくのですが。
 さて話題はクラシック音楽です。はっきり言って、TVドラマやら映画やらで、万人受けする人気キャラクターの中に果たしてクラヲタは居るでしょうか。いや居ません。そのようなドラマに登場するクラヲタは決まって、特殊かつ特異なキャラクターの持ち主です。これが音楽教師なら話は別です。主人公が音楽教師だったら、その音楽教師は必ず善人です。しかしクラヲタは違います。この差はどこからくるのか。音楽を聴いてるか、音楽を教えるかの違いしかないのに。
 まあそれはそれとして、私が以前から気になっているのは、海外と日本でのクラヲタの描き方の違いです。海外のドラマや映画にもクラヲタはたくさんいます。代表選手といえば「ゴルトベルク変奏曲」を好むハンニバル・レクター博士でしょうか。また「プリティ・ウーマン」でリチャード・ギアが演じた役も相当なものです。余り詳しくは書きませんが、歌劇場の重要なシーンであのような応対をする彼は、かなりのクラヲタと認定できます。
 あと個人的にはTVドラマシリーズ「ボストン・パブリック」(→公式サイト)の教頭先生(名前は「スコット」)が印象深いです。学校の中では「鬼教官」として生徒から恐れられる存在ですが、生徒の居ない夜の学校でラジカセから流れるクラシックを聴いて、昼間の仕事の疲れを癒しています。そんな彼が同僚の女教師をデートに誘うシーンがあるのですが、そのとき教頭は「ニューヨーク・フィルのチケットがあるけど一緒にどう?」という台詞を吐くのです。ボストン在住のクラヲタの彼にとって、ニューヨーク・フィルがボストンにやってくる、というのは一大事です。そんな重要なコンサートを、かねてから好意を寄せている女性と共に過ごしたい。クラヲタとして極めて自然な感情といえます。ですが相手の女性はそんな彼の気持ちも露知らず、実にあっけなく熱意ある申し出を断わってしまうのです。この先生のクラヲタぶりを示すエピソードはまだあります。彼はある日地元オケの「あなたも指揮者になりませんか?」というファン向け企画に応募し、見事当選します。クラヲタの永遠の夢を実現させた彼は、誇らしげな表情で「新世界」のフィナーレを指揮するのです。
 少し長くなってしまいましたが、これらの海外ドラマ(映画)に登場するクラヲタたちは、いずれも教養豊かで、権威ある存在として描かれています。逆にいうと彼らの「権威」「教養」の裏づけとして、彼らのクラシック音楽に対する愛情が描かれているのです。もちろんこれらのエピソードからは欧米人がクラシック音楽に対して抱いている、ある種の階級意識を読み取ることも可能なのですが。
 一方日本ではどうか。日本のドラマではクラヲタは「非社交的でとっつきにくい存在」「群れない存在」として描かれています。「結婚できない男」の主人公は勿論それに該当するのですが、私の場合ドラマに登場するクラヲタとして真っ先に連想するのは、連続テレビ小説「ちゅらさん」でアパートの住民の一人として登場する独り暮らしの老人です。お隣付き合いの無いこの老人は、昼夜を問わずヘッドホンで「第九」や「椿姫」などを聴いて過ごしています。ドラマが放映されていた90年代後半は既にCD時代でしたが、彼が聴くのはもっぱらLPです。当然右手を音楽に合わせて拍子を取りながら、です。誰とも交わろうとしない引きこもりの彼を国仲涼子(そういえば彼女、「結婚できない男」にも出てるな)演じるヒロインが声を掛けるところから、ドラマはもうひとつの展開を始めるのですが、ともあれ日本ではクラヲタは「友達の少ない変わり者」として描かれることが多いような気がします。
 でもこれは致し方ないことかもしれません。日本のクラヲタは現実世界でも孤独を余儀なくされるからです。かく言う私もそうでした。大学入学後部活に入らず、授業が終わるとさっさと帰宅する毎日を過ごしていた私は、音楽を聴く時間がたっぷりあったので色んな音楽との新しい出会いこそあったものの、人との出会いはトンとさっぱりだったのです。「これじゃいかん!!」と一念発起しオーケストラ部に入りなおしたり、余勢を買って軽音楽部にも顔を出したりして人的交流を回復し現在に至るのですが、もし孤独に自宅に篭りCDをとっかえひっかえする毎日を学生時代を通じて過ごしていたら、今頃「結婚できない男」のように人生ゲーム(オリジナル版)に興じながら「マイスタージンガー」を聴いていたかもしれません。

|

« チベットとモーツァルト | Main | ファリネッリの墓を暴く科学者たち »

Comments

yurikamome122様こんばんは。
私も小さい頃は近所のステキなお姉さま達の家から漏れ聞こえるピアノの音にあこがれたものです。しかし私が成長してマーラーやブルックナーに夢中になった頃には、お姉さまたちは既に音楽活動を止めてしまい、普通の「おねえさん」に成り果てていたのでした(苦笑)。私は「そんなお姉さまたちがいつまでもピアノを弾いてもらえるような世の中になれば…」と思っています。

Posted by: おかか1968 | 2006.08.03 21:03

今はクラヲタという言い方が浸透してしまい、真性クラヲタの私としては肩身が狭いのですが、私がクラシックを聴くきっかけが昔、マンガに出てくる頭のいいきれいな女の子はみんなピアノをやっていて、その子のスラッとダンディなお父さんはクラシックをソファにくつろぎながら聴いているというのがあって、それを自分でやりたくで聴き始めたというのも理由の一つなのですが、どうも実際は違ったようですね。でもここまでドップリつかってしまっては私はもう抜け出すことができませんけど(笑)。

Posted by: yurikamome122 | 2006.08.03 15:35

 おおっ、ユニは「あり」ではないでしょうか。スポーティで爽やかです。ワタシも今度まねしてみます。

 「ワールド・サッカー・クラシックス」、お買い上げまことにありがとうございます。深く感謝。

Posted by: iio | 2006.07.22 17:51

iio様こんばんは。わたし買いましたよ、「ワールド・サッカー・クラシックス」。
さて私はレコード店に立ち寄るときによくサッカーのレプリカユニを着ているのですが、この格好は果たして周囲から「ステキなクラヲタ」として映っているでしょうか…。

Posted by: おかか1968 | 2006.07.21 22:38

 今求められるのは「ステキなクラヲタ」像ですね。レコード屋のクラシック・コーナーに足を踏み入れたとたん、雰囲気がパァッと明るくなる、そんなクラヲタ新世紀を目指してフレンドリーかつチャーミングに振舞うことを目指してみます。

Posted by: iio | 2006.07.20 22:42

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference ドラマで描かれるクラヲタ像:

» 「人生ゲーム」にはワーグナーがよく似合う [CLASSICA - What's New!]
●日頃テレビドラマは見ないんだけど、どうも阿部寛のクラヲタぶりが気になって、「結婚できない男」第3回放映を見る。あ、録画しておいたので一日遅れ。 ●今回もなかなか見事な展開である。「指揮するだろ、フツー」とか大ウケ。で、阿部寛は「人生ゲーム復刻版」というのを通販で買うんである。これを自宅で一人プレイ、しかもワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲をかけながら(笑)。文句の付けようのないすばらしい演出である。この調子で行くと放映終了までにコンピアルバム「結婚できない男...... [Read More]

Tracked on 2006.07.20 22:33

« チベットとモーツァルト | Main | ファリネッリの墓を暴く科学者たち »