「巨匠」って何?
番組的には「ゆったりしたテンポで豊かな響き」=「巨匠風」、「速いテンポで鋭角的なサウンド」=「気鋭の若手」ということになっていて、確かに2人の演奏は番組の意向に沿うべく見事なまでに対照的な音の仕上がりでした。しかし番組を通じてどうすれば巨匠っぽいサウンドになるのか(そしてどうすればその逆になるのか)という、肝心な点が伝わってこなかったのは残念です。今回登場した2人はけっこう身長差があり、並んで立ってると爆笑問題を思い起こさせます。ここでは仮に背の高い方を「太田さん」、そうでない方を「田中さん」と呼ばせて頂きたいのですが、最初に指揮台に立った(巨匠風解釈の)「田中さん」は「ここではお城の扉が開くような感じで…」と奏者にヴィジュアル的イメージを与えて音楽作りに生かしていました。一方(新進気鋭風の)「太田さん」は頻繁に演奏を止めて音符一つ一つを確認しながら、楽譜通りにするようにと何度も指示を出していました。指導法に限っていえば個人的には「田中さん」よりも「太田さん」の方が巨匠風に感じられました。昔の「本当の」巨匠のリハーサルの映像を見ていると皆指示が細かいですよ。例えばバルビローリは「ここはもっと大きな音で」「そこは小さく」と細かい音量の指示が続きますし、クライバーも楽器間の音のバランスには人一倍うるさくて、何度も同じ箇所を繰り返しては確認していました。カール・ベームのリハーサルは映像で見たことはありませんが、関係者の証言だと練習のあいだずっと「ここはもっと出して」「そこは大きすぎる」などと指示を出し続けていたらしいです。
もちろんイメージを膨らませるような指示を出す巨匠もいます。去年アーノンクールが来日したときの公開リハは「そこはキスするように」などと機知とユーモアに富んだ指導だったそうです。ショルティはショスタコーヴィチの交響曲の稽古のとき「天安門事件を思い出せ!」とオケに語っていたことがあります。要は指導法だけでは巨匠風の演奏が出来上がるかどうかなんて分かりっこないのです。まあそのことよりもテンポが遅いから「巨匠風」だ、と決め付ける番組内容の安直さ、お気楽さが私には引っかかったのですが。
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