【レビュー】ブリュッヘンのバッハ「無伴奏」組曲
1.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007
2.同:同第2番二短調 BWV1008
3.同:同第3番ハ長調 BWV1009
編曲と演奏:フランス・ブリュッヘン(アルトリコーダー)
録音:1973年
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今でこそ煩型の評論家をも唸らせる巨匠指揮者として知られているブリュッヘンですが、若い頃の彼はリコーダー奏者として圧倒的な存在で、その超絶技巧は愛好家にとって憧れの的でした。ちょうどジミヘンに憧れてギターを手にする少年のように、彼に感化されてリコーダーを手にする者も少なからずいました。私の友人の一人がまさにそのクチだったのですが、彼が学生時代に好んで演奏していたのが、ブリュッヘン自身の編曲によるバッハの「無伴奏チェロ組曲」(楽譜はamazon.co.jpで購入可)でした。先日ブリュッヘン自身が演奏する、この曲のCDが安価で再発されたので購入してみました。
チェロの曲をリコーダーで演奏するとなると、リコーダーの音域の狭さをどう克服するか、重音が出せない管楽器で重音をどのように扱うか、といったさまざまな問題を解決しなければいけませんし、そもそも高音主体の楽器で演奏するとオリジナルの楽曲の持つ重厚なイメージが著しく損なわれてしまう可能性があります。
しかしブリュッヘンのナチュラルで伸びやかな笛の音色、そして明朗で躍動感あふれる演奏を聴くと、音域だとか楽器だとか、そういうことは瑣末な事に思えてきます。あまりに軽やかで自然なので、かえって感興に任せて自由に振舞っているかのように映ります。それはまるで華麗な足技からゴールを決めるサッカーのスター選手のようです。しかしファインプレーが長年にわたる日々のトレーニングの成果であるように、ブリュッヘンの場合も、周到な準備と充実した技巧が彼のパフォーマンスを支えています。考え抜かれたアレンジは先述の音域と重音の問題も巧妙に解決(特にTrack13;「第3番」前奏曲の最後)していますし、周到なアーティキュレーションも曲にすごくハマっています。それが冴え渡るテクニックと相まって見事な演奏となって結実しているのです。個人的に特に素晴らしいと感じたのは「第1番」のメヌエットで、この箇所での流麗な進行と音の繋がりは、オリジナルの弦楽器以上に滑らかです。
空を舞う小鳥のように軽やかで伸びやかなブリュッヘンの演奏は、重厚長大なクラシック音楽の演奏解釈の主流とは正に対極をなすもので、オルタナティブな解釈の試みの成果といえるこの録音は、カウンターカルチャーとして楽壇に登場した頃の1970年代の古楽演奏の息吹を捉えた貴重なものです。ところでこれはあくまで個人的な印象なのですが、最近の古楽演奏はモダン楽器と張り合う気持ちが強い余り、力の入りすぎた演奏が増えているような気がします。このように肩の力の抜けた、自然な「古楽」らしさを存分に発揮した演奏をもっと聴いてみたいと思います。
(Cento Classics/東芝EMI, CAPO-3008)
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