「ドキュメント ショパン・コンクール その変遷とミステリー」を読む
世界一有名なピアノコンクールである「ショパン・コンクール」の歴史と、各コンクールの模様を時系列を追ってまとめたレビュー本です(→amazon.co.jp)。著者の佐藤泰一氏はピアノ音楽の音盤コレクターとして他の追随を許さない存在としてつとに有名で、最近ではウアディスワフ・シュピルマンが第二次大戦中に遺した日記をまとめた「ザ・ピアニスト」(→amazon.co.jp
)の翻訳も担当されておられます。さてこの本を最後までざっと目を通してみると、「ショパンコンクール事典」としても通用するほど膨大なデータが集録されていて、その情報量のあまりの多さに目眩を覚えるほどです。特に巻末註釈はショパン弾きの一大ディスコグラフィと化していて、これだけでもレコードコレクターには大いに参考になることでしょう。
しかしこの本は単なる資料集に留まらず、コンクールという一大イベントのドキュメントレポとしても優れたもので、地元メディアからの記事の豊富な引用により、会場の生の熱気がそのまま伝ってきます。そして初期の「地元勢」対「ソ連勢」の抗争の時代から、第二次大戦後の数々のビッグネームの輩出、それに伴うコンクールのステータスの向上、参加者の国際化と最近の極東アジア勢の台頭、そして避けては通れない審判の公正さの問題、といったショパンコンクールの歴史的潮流と課題を鮮やかに映し出しています。
また全編を通じて感じられるのは著者の「新しい才能」に対する温かい眼差しです。そしてそれは自ずと「新たな視点」「新しい切り口」に対して冷淡で保守的な審査員たちへの批判へと繋がっていくわけですが、このあたりの取り上げ方が下手な書き手だと三面記事的なゴシップ集に為りかねないところなのですが、佐藤氏は決してスキャンダラリズムに陥らず、芸術論的に見事にまとめ上げています。そして時には結構過激な問いかけ(「『ポーランド的』なるものは本当に存在するのか?」など…)もなさっておられて、そのあたりが興味深いところです。
ところでこの詳細なレビュー本を読んで私が新たに得た知見も幾つかあります。その中で面白い事実を幾つか挙げてみます。
①審査員の豪華さが目立つのは第3回(審査委員長がヴィエニヤフスキ、その他にはゲンリヒ・ネイガウス、バックハウス、ザウアーら)、第5回(オボーリン、マルグリット・ロン、ミケランジェリらに交じってルトスワフスキの名も)、そしてルービンシュタインやホルショフスキ、更にはカバレフスキー、ブーランジェも加わりコンクール史上最多の審査員数を誇った「第6回」で栄冠を勝ち取ったのが、技術的に全く隙のないマウリツィオ・ポリーニだったという事実。
②「第10回」(第1位/オールソン、またはポゴレリチの登場)にはアンジェラ・ヒューイットも参加したが、ファイナリストには選出されなかった(!)。
③旧ソ連からはスタニスラフ・ネイガウス(ブーニンの父)、マリア・グリンベルクも参加予定だったが、諸事情から直前に参加は取りやめとなった。
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Comments
JohnClark様こんにちは。コメントありがとうございます。
音楽愛好家のどなたにもおすすめできる内容ですが、ピアノ好きな方なら、より一層楽しめると思います。
Posted by: 「坂本くん」 | 2005.11.13 12:04
はじめまして。
この本、よさそうですね。読みたくなりました。
ありがとうございます。
Posted by: JohnClark | 2005.11.10 21:41