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2005.09.21

【レビュー】ノリントンの「巨人」

norrington_mahler1

曲目:マーラー:交響曲第1番「巨人」(「花の章」付)
演奏:サー・ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送響

 2001年にエイジ・オブ・エンライトゥンメント管との演奏会以来、若きマーラーの才気が溢れる「交響曲第1番」をノリントンが幾度か演奏していることは知ってはいましたが、それを実際に聴くまではどのような出来なのかと不安が先に立ち、正直聴くのが恐かったです。オーケストラ・サウンドの改革に取り組み、「ピュア・トーン」「スムースな音」を追及する一方、これまで「良し」とされてきた演奏法を徹底排除する手法は常に賛否両論でした。私は彼の指揮による後期ロマン派の作品、例えばエルガー「交響曲第1番」やチャイコフスキーの「悲愴」などの演奏には共鳴しつつも、「得る」部分だけでなく「失う」部分もあるな、という気持ちも少なからず持ちました。特に「悲愴」の演奏には前のエントリで触れたロシア的「甘み」が感じられず私には不満でした。エルガーよりも、チャイコフスキーよりも自らの喜怒哀楽を臆面なく表出させるタイプであるマーラーの「巨人」でノリントンはどう出るか、と身構えつつ聴き始めました。結論から申し上げると当初の不安は杞憂に終わり、これまでのマーラー演奏からは感じることができない美点を随所に感じることが出来ました。このノリントンの演奏には「新たなマーラー指揮者の登場」を予感させるものがあります。

 その感を強くしたのは「花の章」(Track 2)での楽譜を的確に捉えた演奏です。この曲でマーラーが咲かせた「花」は触るだけで壊れてしまいそうなほどに脆弱なもので、私たちがマーラーに対して持つ重厚長大まイメージとは正反対なものですが、ノリントンの「ピュア・トーン」により、旋律部を始めとする各楽器の音が実に細やかに、かつソフトに仕上げられています。また強奏部と弱音部とで音の「質感」の変化が少なく、そのためにフレーズのつながりが実にスムーズで伸びやかに表現されています。その「伸びやかさ」が、健康的でナチュラルな感情を音楽に与えています。決して派手さはありませんが聴いていてほほえましくなるというか、なんともいえない喜びを感じ取れます。それにしても「ピュア・トーン」がこれほどロマン派の音楽にも有効に働くとは意外でした。ブックレットを拝見すると、ノリントンが「花の章」を誰よりも重要視していることが伺えるのですが、その思いが伝わるような見事な演奏です。
 「花の章」以外でも、彼の推進する「スムースな」弦の響きは曲のあちこちで、しかもノリントンが以前に取り上げた他の作曲家の作品よりも、よりストレートな形で聴くことができます。これは幾つもの楽器の音を重ねることを避ける傾向のあるマーラーの管弦楽法のためかと思われますが、第1楽章(Track 1)の4'35"過ぎの箇所での流麗かつさわやかなヴァイオリンの息の長いパッセージ、スケルツォ楽章(Track 3)のトリオでの軽妙洒脱さ、そしてフィナーレの第2主題(Track 5,3'35"付近)での優美さは何れもこれまでに類を見ないものです。これら旋律に対する装飾を排した自然な解釈により、「交響曲第1番」の感情表現はより純粋で、真実味あふれたものになったと思います。
 強奏部でのアンサンブルも充分迫力を感じさせ、大管弦楽の醍醐味にも不足しませんが、この「第1番」でノリントンが前面に押し出したマーラーの「自然美」はとても魅力的です。ネット通販サイトの情報によると、ノリントンはマーラーの他の交響曲も録音する予定があるとの事ですので、この流儀で「第2番」以降の作品をどのように聴かせてくれるのか、興味津々です。しかし「第3番」「第5番」「第9番」の偉大なアダージョ楽章や、「第2番」「第6番」の陰鬱さ、そして「宇宙が鳴り響く」と作曲家自身が表現した「第8番」でどのような音楽が展開されるのでしょうか。やっぱりちょっと心配です…。
(Hanssler, CD 93.137, ASIN:B000B8QHV2)

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Tracked on 2006.03.26 23:38

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