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2005.08.19

旧ソ連の2大提琴巨匠を聞き比べ

oistrakhkogan

 木嶋真優やセルゲイ・ハチャトゥリアンの演奏で何度もショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第1番」を聴いているうちに、別の奏者による演奏も聴いてみたくなりました。そこで押入れにあるCDの沢山入った段ボールからオイストラフ(写真左)とコーガン(同右)のCDを引っ張り出して聴いてみましたが、やはり予想通りといいますか、この両巨匠はすごいですね。音に「風格」があるというか、存在感が傑出していますし、演奏解釈も一本スジの通ったものを感じさせます。しかしこの両者の弾きっぷりは相当異なっていて、そのあたりがなかなか興味深いところです。

oistrakhkogan_jacket

 初演者のオイストラフ(今回は「BBC Legends」から出ている1962年録音のライブCDを例にとります)(※1)は、安定感ある音質と端正な解釈が特徴で、そこには紳士然とした風格を感じます。最終楽章の「ブルレスケ」の前の長大なカデンツァでは、前半の弱音部での抑制された表現が、徐々に熱を帯びていき後半のクライマックスへと向かっていきます。このあたりの楽譜に込められたストーリーに配慮した譜読みが、オイストラフの破綻のない技巧と相まって、知性と情感とのバランスの取れた見事な表現となっています。
 一方レオニード・コーガンの方(※2)は何とも肉感的で、「取り乱している」と感じられる程の濃密な解釈は、扇情的ですらあります。<以下譜例を使って説明いたしますが、画像のところをクリックすれば画像が大きくなります>

shostakovich_cadenza01

例えばカデンツァのこの箇所(「第3楽章」第215小節目以降)ではオイストラフは楽譜の指定は守ってはいるものの、強弱のコントラストは極端ではありません。ここは後半部の盛り上がりに向けての経過句ということで「流れ」というか曲全体の構成に配慮してか、あまり見せ場を作ろうとはせず控えめな解釈です。それに対してコーガンの方は楽譜上の指示を極端なまでに強調し、強音と弱音のあいだをヴァイオリンは激しく揺れ動きます。この強烈さはなかなかのインパクトです。次にクライマックスに至るまでの(「同」第227小節からの)10小節ほどのパッセージ。

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この部分も両者の解釈はまるで違います。オイストラフは楽譜記載よりもかなり早くアッチェルランドを掛け、頂点めざして一気呵成に攻める、といった印象ですが、コーガンはこの走句もかなりこだわりを持って弾き込んでいます。彼の演奏を楽譜にするとこんな感じです。

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オリジナルと違う部分は朱色で書き足して見ましたが、あくまで「無理矢理楽譜にするとこうじゃないかな」という個人的なメモということでご容赦下さい。さてここでのコーガンの表現は、激しさが一段と増しています。まるで何者かが首を絞められて断末魔の叫び声を上げているかのような壮絶さです。コーガンのCDのインナーノートには、コーガンとショスタコーヴィチの両者と親しかったモイゼイ・ワインベルクの証言があります(このワルシャワ生まれで、戦火を避けて「東側」へと逃げたユダヤ人作曲家についても述べたいことがあるのですが、それはまた別の機会に)が、そこには「コーガンはオイストラフの解釈を尊重していなかった」とはっきり書かれています。この辺りを「オイストラフへのライバル心」と取ると、何か矮小な感じがします。「芸術家としてのプライド」といった方が良いでしょうか。そんな大きく強い気持ちが、彼をこのような表現へと走らせたのかもしれません。
 最後に後半部(「同」第257小節以降)での上昇音型。

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 前述の若手奏者2人が普通のボウイングでこなしているところを、旧ソ連の巨匠たちは「スピッカート」(弦の上を跳ねるように弓を操作する奏法)で弾いてみせます(※3)。両者の技術力の高さには驚嘆させられるのですが、このパッセージ、実はオイストラフよりもコーガンの方がスピッカートをより長く、より高音まで弾いているのです(具体的には前者は譜例の最初の3小節までですが、後者はそのあとの2小節もスピッカート)。やっぱりコーガンにはオイストラフへの対抗心があったのでしょうか(笑)。

(※1)Cat.#:BBCL 4060-2
(※2)Label:DML Classics. Cat.#:DMCC-24009
(※2)オイストラフの演奏は幾つか出てますが、この部分でスピッカートで弾いていないテイクもあります。ムラヴィンスキーと共演した1956年収録のライブCD(Chant du Monde, Cat.#:LDC 278 882)がそれです。

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Comments

こんばんは。
>「お店にヴァイオリン協奏曲第1番がこれしかなかった」あらまあ、
このCDを買ったのは10年前ですが、今なら大きい店ではもっと沢山のタイトルが揃っていると思いますよ。それからこの10年のあいだに演奏会で取り上げる演奏家も増えましたね、この曲。
>お仕事の傍ら、ここまでお書きになれる
ありがとうございます。そこまで言われますと、なんだか照れてしまいます。
ブログのネタ探しと記事作成は、仕事の邪魔をしない範囲内でやっていますので、結構適当ですよ(笑)。記事をupした数日後に「間違い発見→あわてて訂正」というのが今でもよくあります。またお気づきの点がございましたら、ご遠慮なくコメント欄を使って下さいね。

Posted by: 「坂本くん」 | 2005.08.21 21:38

坂本様、こんにちわ。お返事ありがとうございました。「お店にヴァイオリン協奏曲第1番がこれしかなかった」あらまあ、やはりショスタコーヴィチって才能の割に知名度がないのだと、またもやしょんぼりしてしまいます。無理矢理に「きっと、ごっそりと買っていった人がいた直後だったのだ(?)」と自分に言い聞かせるという手もありますが。
坂本様のブログは、マメに更新なさっていて、しかも内容が精密で、良心的なのが素晴らしいと思います。お仕事の傍ら、ここまでお書きになれる(アンド写真も付いている)ことに、心から拍手を送りたいです。今後も訪問させて頂きますね。

Posted by: 深良マユミ | 2005.08.21 12:51

こん○○は。
オイストラフのChant du Monde盤を買ったのは大分昔のことですね。そのときCD店に置いてあった「ヴァイオリン協奏曲第1番」のCDはこれしか無かったのです(本当です)。今は中古店でも探さないとダメでしょうか。別のレーベルから同じテイクのが出てるかもしれませんが。現在廃盤のコーガン盤はさらに入手困難でしょうね。ぜひ再発するべきでしょうね。
ミニチュアスコアですが、好きな曲なら結構買うことが多いです。聞き比べのときなどに眺めたりすると、演奏の違いに気づくことがよくありますよ。「ヴァイオリン協奏曲第1番」はそんなに高い買い物ではなかったです(「レコ芸」より安い…)。

Posted by: 「坂本くん」 | 2005.08.21 05:15

坂本様
大変ご無沙汰しています。深良マユミです。お変わりありませんようで何よりです。
ショスタコーヴィチと聞くと、柳の下の幽霊のごとくに(おいおい)深良は出てきちゃうんですよ〜(爆笑)。私はヴァイオリン協奏曲NO1 はまだ聞いていないのですが、オイストラフさんの名前は知っていました。(まあショスタコファンなら当然ですが)Chant du mond レーベルの「没後25周年セレクション」 は通好みの素晴らしい選択でしたね〜。まだ店に残っていると良いけれど…それにしても坂本様、楽譜での解説とは恐れ入ります。これは購入なさったのでしょうね…やはりファンとはこうあるべきですね…探求心に感服します。

Posted by: 深良マユミ | 2005.08.20 23:40

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