iTunes Music Store 日本でも開始
「ようやく」といっていいでしょう。アップル社の音楽配信サイト「iTunes Music Store」日本語版(以下iTME-J:写真)が今月4日オープンしました。同サイトは8日までの4日間に既に100万ダウンロード達成、という実績を上げており、最後発の音楽配信サイトであるにも拘わらず既に業界トップの人気を得ています。
さてこのエントリでは、iTMS-Jリリースまでの経緯について説明します。すでに音楽業界の動きに詳しい方には旧知の事実かもしれませんが、「音楽」といえばLP、もしくはCDでのみ楽しまれる方の多いクラシック音楽ファンに、iTMS-Jオープンの意義を知って頂くために必要だと考えたからです。
アップル社からはすでに、パソコン上で音楽ファイルを再生したり管理するソフト「iTunes」、そしてパソコンから転送させた音楽ファイルをストックし再生することができる携帯音楽端末「iPod」(写真)がリリースされ、すでにこれらの製品は日本でも幅広く普及しています。ただ「iTunes」そして「iPod」に音楽ファイルを供給する方法としては、音楽CDからパソコンに音楽をコピーする(この「リッピング」と呼ばれる操作は「iTunes」で簡単に出来ます)のが一般的でした。ところがアップル社は「iTunes」、「iPod」を世界で初めて北米でリリースしたとき、アップル公式サイト内に音楽配信サイト「iTunes Music Store」を同時に開設しています。ユーザーは「iTunes」を通じてこのサイトとネットで接続し、1曲99セント(=約112円)で音楽ファイルを購入した後ダウンロードすることにより、買って数分で音楽を聴くことができます。アップル社は「iTMS」、「iTunes」、そして「iPod」によるトリオで、CDなどの記録メディアを介さずに音楽を楽しむ方法をユーザーに提案したわけです。当初は「iMac」、「Power Book」などの自社製パソコンでしか上記トリオは操作できませんでしたが、やがてマイクロソフト社製のOSがインストールされたパソコン(いわゆる「ウインドウズ」コンピューター)に対応した機種が登場すると、各製品は瞬く間に普及していきました。
こうしてアメリカでのアップル社のサービス内容を説明すると改めて、日本で「iPod」「iTunes」がリリースされてから「iTMS-J」の開始までの2年余りがいかに画竜点睛を欠くものだったかが理解して頂けるのではないかと思いまが、こうなったのは準備段階でアップル社とレコード会社との交渉が難航したからです。アップル社のフィル・シラー氏はインタビューで「ビジネスの取り決めに思いのほか時間がかかったのは事実」とそれを認めています(→参照)。交渉で何が問題となったのかは公にはされておりませんが、私の邪推込みで述べさせて頂くと、大きな理由は2つあると思います。一つは価格設定の問題です。iTMS-Jは「1曲=150円」でのスタートとなりましたが、これは先行各国のiTMSよりは高価ではあるものの、携帯電話への音楽配信「着うたフル」と比較すると非常に安いです。おそらくこの辺りの価格決定にあたってレコード会社とアップル社との間で時間を掛けた話し合いがあったと思われます。
もう一つは少しややこしい問題です。「iTMS」で購入した音楽ファイルはCD-Rなどの記録メディアへのコピーが自由に出来るという仕様になっているのですが、これが音楽レコードの複製に繋がり、売上減へと結びつくことをレコード会社は恐れたのです。元来レコード業界はラジカセ、レンタルレコード店など、音楽の複製を売り物にする商売には常に敏感に対応してきました。そしてパソコンの普及でCDをリッピングすれば誰でも簡単にCD-Rにコピーできるような時代になると、コピー防止の技術を取り入れることでリッピングを不可能にしたCD、いわゆる「コピーコントロールCD」(以下CCCD)を各社が採用するようになります。丁度日本での「iPod」「iTunes」のリリースと重なったこの動きは音楽ファンの「より手軽に、より身近に」音楽を楽しみたいという心理を逆撫でするものでした。それでも「iTunes」のライブラリにCCCDを加えるために私も色んな事をしました。結局どれも時間が掛かるので「ああアホラシ」と止めてしまいましたが(苦笑)。
さて音楽のコピー問題は、日本だけではなく万国共通のものですが、北米ではiTMSに対し音楽業界が割とすんなりOKしました。その理由として、アメリカではNapster(写真)などのフリーソフトを利用した、いわば「草の根」レベルでのネットを介した音楽ファイルのダウンロードが盛んに行われていた、という事情があります。Napsterをインストールすると、ネットで繋がれた複数のパソコン上に存在する音楽ファイルが閲覧でき、さらにそのファイルを自由にダウンロードすることが可能でした。このソフトを利用すれば居ながらにして世界中の自宅や大学、職場のパソコンから音楽を収集することができたため、音楽をせっせと収集し、膨大なライブラリ作りに夢中になる若者が続出しました。
結果的に音楽がタダでどんどんコピーされる格好になるため、音楽業界から違法性を指摘されたNapsterは廃止に追い込まれましたが、Napsterでネットでの音楽配信、そしてパソコン上で音楽を管理することの利便性に気づいたユーザーは、類似ソフトウェアを利用してダウンロードを続けました。音楽業界はダウンロード行為を頻繁に行ったユーザーを取り締まる一方で、より自分たちにとって有利な、つまり有料での音楽配信サービスが求められていました、そんな中グッドタイミングで登場したのがiTMSというわけです。iTMSによって北米、そして欧州では音楽配信サービスは一般的なものになっていきましたが、世界三大音楽市場の残りの一つである日本でiTMSの参入が(アップル社の熱心な働きかけにも拘わらず)著しく遅れたことは誠に残念です。日本でもiTMS-Jに先行する形で音楽配信サイトが幾つかオープンしてはいましたが、どこか「不便さ」を感じるものばかりで、iTMSと比較すると「帯に短し、襷に長し」といった印象が拭いきれず、実際利用者も伸び悩んでいます。結局iPodがあってもiTMSが不在だった2年あまりの期間は何だったんでしょうか。この時期には「音質的にも劣る」と噂されたCCCDのリリースが相次いだこともあり、音楽ファンのレコード業界に対する「疑念」が深まっただけだったような気がします。ともあれiTMS-Jは欧米の仕様のまま、つまりCD-Rへのコピーは回数制限なしというユーザーフレンドリーな形で無事リリースされましたので、今はそのことを素直に喜びたいと思います。
次のエントリではクラシックの音楽ファイルのラインアップについて触れたいと思います。私の当初の予想よりは充実してましたよ。
(追記)この辺りの経過については「音楽配信メモ」管理人、津田大介さんの「だれが「音楽」を殺すのか?」(→amazon.co.jp)が詳しいです。
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