マーラーの謎
「鎌倉・スイス日記」内の素晴らしいエントリに反応させて下さい。あのエントリは「マーラーの『交響曲第4番』に、『第5番』を先取りするようなモティーフが出てくる」という話でしたが、これに似た例は他のマーラーの作品にもあります(もしかしたらどなたかが既に取り上げてい事例かもしれませんが)。
「交響曲第2番(復活)」の第1楽章の終結部、全楽器のユニゾンの直前のトランペットの「E→E♭」という音型は、「交響曲第6番」の至る所で現れる「長調→短調」のモティーフそのものです。それから「交響曲第3番」の第4楽章のアルト独唱の冒頭の「F♯→E」という旋律は、「大地の歌」の「告別」の最後のメロディ(「永遠に…、永遠に…」と歌われる部分)と同じです。そしてこのモティーフは「交響曲第9番」第1楽章の第1主題とも同一です。
このようなマーラー独特の<各曲間でモティーフを共有する>という作曲法は、マーラーの個々の作品の間に「時間的連続性」と「関連性」を与えています。同一モティーフの再利用は、聴く者に作品間に共通したイメージを掴みやすくさせます。「第2番」第1楽章の葬送行進曲の一節を「第6番」で執拗に引用することで、「第6番」の行進曲がやがて悲劇的結末を迎えていくことを聴衆は常に意識させられます。そして「ツァラトゥストラ」をテキストにした「第3番」と、唐詩を下敷きにした「大地の歌」の双方で共通のモティーフが使われるというのも興味深いです。歌詞(「第3番」、「大地の歌」の「告別」)を見比べてみると、「永遠」を希求する内容であるという点で共通していることが解ります。そしてその「大地の歌」の終着点が、「交響曲第9番」の始発点であるわけです。
このようなモティーフの共用が聴衆に心理的効果を及ぼすもう一つの例を紹介します。「第9番」の第1楽章の展開部(※1)で唐突に「交響曲第1番(巨人)」を彷彿とさせるトランペットのファンファーレが顔を覗かせます。「巨人」ではファンファーレのあとで幸福な結末が訪れていましたが、「第9番」では聴衆にそんな予感を匂わせておきながら、このあと音楽は壮絶な様相を呈していきます。このギャップは大きく、しかも深いです。
最後に更なる「謎」を提示してみたいと思います。やはり「交響曲第9番」の第1楽章、第2主題のクライマックス(また第1主題が戻ってくる手前)のトランペットの咆哮(A-B-C♯/C♯-D)(※2)は、あの「交響曲第5番」の「アダージェット」の最初のメロディと全く同じ音型です。
(※1)ワルター&VPO盤(EMI)の9'30"付近、バルビローリ&BPO盤(EMI)の9'55"付近、ジュリーニ&CSO盤(DG)では12'10"付近。
(※2)ワルター&VPO盤の2'40"付近、バルビローリ&BPO盤でも2'40"付近、ジュリーニ&CSO盤では3'05"付近。
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Tracked on 2005.06.28 01:04
Comments
こんにちは。そしてコメントありがとうございます。
こちらこそ、いつも貴方のブログで勉強させて頂いております。でもマーラーのように同じ旋律を何度も使う作曲家って珍しいですね。
Posted by: 「坂本くん」 | 2005.06.15 07:19
拙ブログにTB、恐縮です。
なるほど、大地の歌と第三の関連については、全く気がついていませんでした。第二番の動機が第六番で使われていることには、色々と解釈を自分なりに考えてもみておるのですが、未だ結論をみていませんでした。
ありがとうございました。勉強になりました。
Posted by: Schweizer_Musik | 2005.06.15 04:36