ユン・イサン没後10周年
20世紀を代表する作曲家の一人のユン・イサン(尹伊桑/윤이상:1917-95)の作品は日本を含む世界中で演奏され、現代音楽の作曲家としては我々にも比較的馴染み深い存在ですが、母国韓国での評価には寂しいものがありました。それは彼の数奇な一生と密接な関係があります。
私より年長のクラシック音楽ファンなら周知のことかと思いますが、若い方のために申し上げると、彼は朴正煕政権時代の1967年に悪名高いKCIAに拉致され、拷問を経てスパイの罪で終身刑(※1)を言い渡されます。しかしカラヤンやストラヴィンスキーといった当時のセレブリティらを始めとする国際的な反対運動に押される形で釈放されました。1971年に西ドイツの市民権を得ると旺盛な創作活動を再開し、ミュンヘン五輪を記念して製作されたオペラ「沈清伝」やオーケストラ曲「光州よ永遠に!」などを作曲します(彼が生涯に遺した作品の数はざっと150曲だそうです)。生前北朝鮮には何度も訪れ、そこでは金日成主席(当時)に別荘を与えられるなどの厚遇を受けましたが、その一方で韓国を訪れることは亡命後2度とありませんでした。
そんなユン・イサンも没後は徐々に韓国でも再評価の機運が高まっています。3年前には彼の生地・トンヨン(統営)で開かれた「2002統営国際音楽祭<序奏と追想>」で、彼とその弟子たち(日本からは松下功や細川俊夫ら)の作品が特集されました。そして没後10周年となる今年になって「尹伊桑平和財団」が創設され、創立式では「チェロとハープのための二重奏曲」などの作品が演奏されました。また韓国メディアでも最近彼の名前を目にする機会が増えています。ところで私は韓国発の彼の情報を新聞社のサイトの英語版から得ています。日本語版では今のところ中央日報のコラム「噴水台」(3月21日付)くらいでしょうか。テレビドラマやK-POPもいいけど、そちらの方の情報も忘れずに日本人に伝えて欲しいと思います。
さて「尹伊桑平和財団」では、現在ピョンヤン在住の未亡人の李水子(イ・スジャ)さん(77)をソウルに招待するべく、ドイツに住む娘を通じて連絡を取り合っているようです(→参照)。それが実現するかどうかは今のところわかりませんが、今年1月に彼女から財団あてに送られたメッセージが「中央日報」(英語版)の3月5日付の記事にありました。北朝鮮からの手紙ということもあってか政治的メッセージも込められているので、ここで取り上げるかどうか迷ったのですが、最近の未亡人の消息を伝える書簡ですのであえて(邦訳せず英語のままにしますが)引用します。
"...In the 70 years from my husband's birth in 1917 to his death, our nation was never once peaceful. The country, which was once colonized, was torn in two and went through a devastating war. Under Park Chung Hee's dictatorship, he suffered through abduction and torture, and under Chun Doo Hwan, he participated in democratic movements,"
"...In this series of tragedies, he couldn't be an artist who merely sang about the beauty of nature and dreams,..." "...Spending his life in a foreign country, his heart was always aimed toward his homeland. How do you imagine it felt when people were celebrating the reunification of the two Germanies?"
最後に彼の作品についての個人的な感想についても少し書かせて下さい。辰巳明子さんらによる「ヴァイオリン協奏曲」とか、ホリガー(オーボエ)らの室内楽も良いのですが、一番印象に残っているのはやはり「光州よ永遠に!」でしょうか。デュトワ&モントリオール交響楽団による演奏をラジオで聴いたときのインパクトにはモノ凄いものがありました。この曲を一言で言うと「ショスタコーヴィチの交響曲第11番を更にリアルに、そして強烈にしたような曲」というところでしょうか。マーラーの「交響曲第6番」にも通じるような凄惨さを持った作品です。
(※1)日本では「死刑判決を受けた」という記載も多く見られますが、韓国マスコミの記事によると全て「終身刑」(もしくは「無期懲役」)となっています。
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