【演奏会レポ】大井浩明 クラヴィコードで「平均律」
「平均律クラヴィーア曲集・第1巻」をクラヴィコードでつま弾くというコンサート(3/6、京都府立府民ホール ALTI)に行って来ました。会場に入ると舞台がいつもの「アルティ」より低くなっていて、しかも舞台を取り囲むように座席が設けられていました。これはクラヴィコードの音の小ささへの配慮でしょう。開始予定時刻ぎりぎりまで仕事をしていた調律師が退場したあと照明が落とされ、客席の入場口から大井さんが登場すると「先ず小品を」と話して1曲(ウィリアム・バードか?)演奏。予想はしていたもののやっぱり音が小さい…。そんな私の気持ちを見透かすかのように大井さんが演奏を終えてやにわに振り返り一言。「席を替わる最後のチャンスですよ」。思わぬ一言にどっと湧く会場。しかし世界で一番有名なアルペジオが始まってからは会場は一気に緊張感に包まれていきます。
大井さんの演奏の特徴を端的に表していたのは「ハ短調前奏曲」。ピアノでならバタバタしてしまうこの曲を、ソフトなタッチでスムーズに流れるように演奏していましたが、この曲からこういう「柔らかさ」を導き出したのは滅多にないことのように思われます。それからニ長調フーガ、変ホ長調前奏曲、変ロ長調前奏曲での細かいパッセージやト短調のトリルなどでの非常にコントロールされたタッチも好ましく感じられました。そして繊細な表現は演奏全体に貫かれ、瞑想的な変ホ短調の前奏曲など印象的でした。これらの表現は指の動きが直接伝わるというクラヴィコードの特性もその一助となっていたのでしょう。
しかし後半は多少慣れたとはいえ、楽器の音はやはり小さかったです。2時間半も耳を澄まして過ごすのは緊張感を伴い、正直疲れました。クラヴィコードを今度聴くなら、もう少しリラックスできそうな場所(例えばサロン)で聴いてみたいです。しかし大井さんの演奏の質は素晴らしいもので、彼のクセナキスの一連のレコーディングからは想像できない繊細さと柔らかさを見せてくれました。打鍵の凄まじさ故指から出血することもあるというクセナキスから、まるで小動物に触れるかの如くそっと指を鍵盤に当てて演奏したクラヴィコードによるバッハへ。まさに「極端」から「極端」へと音楽世界を自由自在に行き来する大井さんの音楽表現の引き出しの多さには驚くばかりです。
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