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2005.02.20

オーセンティックな拍手の仕方

 管弦楽曲の楽章間には拍手をせず静かに次の楽章が始まるのを待つのが一般的ですね。このことは初心者に真っ先に伝えるべきコンサートでの約束事の一つになっていますし、日本では概ねこのルールは守られています。ところでこのクラシック音楽に独特な習慣はいつ頃から始まったのでしょうか。Alex Ross様のblog(英語)にその辺について触れたエントリがあったので紹介したいと思います。

 第1次大戦前のニューヨーク・フィルの歴史についての資料には以下の記載があります。

「教会から始まった拍手を手控える傾向は劇場やコンサートホールにも広がっていて、その風潮はバイロイトのワーグナー演奏での宗教的な雰囲気からもかなり影響を受けている。ベルリンの宮廷劇場では公式に楽章間の拍手とカーテンコールの前に歌手を呼ぶ行為を禁じたが、これはドイツ国内でさえも行き過ぎではないかと考えられている」

 この時期に楽章間で拍手をしない習慣が広がった、ということのようです。そしてこの資料からはワーグナーの音楽がバイロイトから欧州各地に伝搬していく過程で、コンサートに臨む観客の態度も変化していった可能性が示唆されます。
 ところで「ワーグナー」と「拍手」といえばどうしても「パルシファル」を思い起こしてしまいますね。上記エントリではコジマ夫人の日記から、この舞台神聖祝典劇の初演時の興味深いエピソードを紹介しています。第2幕まですんだところで起こった大喝采がなかなか止まず困ったワーグナーは、自ら客席から「舞台の雰囲気を損ねないためにカーテンコールは行いません」と伝えたところ、第3幕が終わったら逆に会場がシーンと静まりかえってしまったそうです。さらに2日目以降は第1幕だけでなく第2幕が終わった後にも客席は静寂に包まれました。観客の静粛への意識は殊更強いものがあり、ワーグナー自身が「ブラボー」と叫んだのを周囲から注意されてしまうほどでした。このような会場のムードをバイロイト詣でを経験した観客がヨーロッパ中に広めたのかもしれませんね。
 さてワーグナーの次の世代に話を移すと、例えばマーラーはオペラ上演中に拍手喝采で演奏が中断されるのを嫌がり、その行為をやめさせるために探偵を劇場に配置するほど敏感でしたが、楽章間の拍手についてはそれほど厳格ではなかったようです。彼の自作の「交響曲第3番」の初演のときには楽章毎にわき上がる拍手を快く受け入れています。トスカニーニも歌劇場ではマーラーとおなじ考えの持ち主でしたが、彼の実況録音を聴くと協奏曲の第1楽章などで頻繁に拍手が起こっています。この2人は歌劇場とコンサートホールで拍手のルールを使い分けていたようです。
 コンサートホールでの楽章間の拍手を止めるのに最も積極的な立場をとった音楽家は誰でしょうか。ここで意外な人物が登場します。フィラデルフィア管の指揮者だったストコフスキーです。彼が1920年代後半のある演奏会でチャイコフスキーの「交響曲第4番」の第3楽章を演奏し終えた後、客席からどっと拍手が起こりました。そのとき彼は観客席にむかって振り向いて静粛を促し、さらにこう述べたといいます;

 「このような行為は私には暗黒時代の遺物、原始時代の儀式や呪術の名残のように感じられます。拍手についてはシーズンが終了するころに改めて皆さんにアンケートでご意見を伺うかもしれません」
 
 ストコフスキーの拍手に対するこだわりには尋常ならざるものがありました。彼は1929年11月に極秘裏に100人の女性を集めて「今後自分のコンサートでは楽章間だけでなく演奏会の間ずっと拍手を差し控えるように」と異例のお願いをしました。その時参加者の一人から「これから演奏会を楽しんだことをどのように演奏家にお伝えすればよいのでしょうか」と尋ねられて彼はこう返事をしました;

 「そのことは重要な問題ではありません。美しい絵画の前では拍手は起こりません。彫刻の前でも好感を抱いたか否かに関わらず、喝采やブーイングを目の前でする人はいません」

 結局、演奏会中の拍手の是非はフィラデルフィア管の会員の投票に掛けられ、710対119の賛成多数で観客は拍手して構わないことになりました。ストコフスキーの行いはいささか過激に映るのですが、彼は「Temple of Music」(音楽寺院)と自ら命名した暗闇の中で静かに音楽に没頭するような会場の構想を持っていたようですので、そんな彼にとって、拍手を慎むという行為は演奏会トータルでの雰囲気作りの一部分だったのでしょう。
 ストコフスキーの運動の後もしばらくは楽章間で拍手を行う習慣は残っていたようです。例えばブルーノ・ワルターのウィーン脱出直前のマーラーの「交響曲第9番」の演奏会(1938年)では「楽章間には拍手が起こった」という観客の証言があります。しかし楽章間の拍手を慎む傾向は徐々に広がっていきます。ピエール・モントゥーは1959年に「世界中で楽章間の拍手を手控える傾向にあるのは残念です。この習慣がいつどこから始まったのかはわかりませんが、これは作曲者の意思にそぐわないと思います」と述べているのですが、このことから1960年前後には世界中の演奏会の大半が現在同様、楽章間は静かに過ごすのが当たり前となったのではと推察されます。
 以上20世紀のコンサート会場での拍手の歴史について長々と述べてきましたが、最後に私の個人的な意見も言った方がいいですよね?私は楽章間の拍手についてはケース・バイ・ケースでやって構わないと思います。実は私も楽章間に思いっきり拍手した経験があります。6,7年前にシドニーでチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を聴いていたのですが、第1楽章でのソリストの奮闘に対し拍手を送りたくなった私は楽章が終わるまでウズウズしていたんですね。そして最後の和音が終わったときに思わずやっちゃったんですよ、拍手を。でも私はその時周囲の叱責を受けずに済みました。なぜなら私だけでなく会場の全ての聴衆も一斉に拍手喝采を送ったからです(笑)。さすがにマーラーの交響曲で楽章毎に拍手するのはかなり勇気がいります。でもノリントンのような指揮者が舞台に立っていたら「やって!やって!」と煽ったりすることがあるかもしれないのですけど(笑)。
 

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Comments

はじめまして。そしてリンク&コメントありがとうございます。
「パルシファル」の初演時の拍手については私が今回引用したRoss氏のblogよりも詳細に述べられたエントリを見つけました↓。
ttp://www.faqs.org/faqs/music/wagner/general-faq/section-30.html
それにしても拍手を「する・しない」を巡るRoss氏の指摘は興味深いものです。私もこのテーマでいろいろと調べてみたいと思いました。

Posted by: 「坂本くん」 | 2005.02.22 at 01:47

こんにちは。こちらの記事を拝見して、長年に渡って抱いていた「パルシファル」第一幕拍手の謎が氷解しました。最近のパルシファル経験では、ウィーンはほぼ全員拍手をしませんでしたが、ハンブルクでは約7割は拍手をしてました。これも伝統の差でしょうか。楽章後の拍手の歴史も「なるほど」の連続で面白く読ませていただきました。特にストコフスキーの意見、過激ですが説得力がありますね。
リンクさせていただきました。

Posted by: フンメル | 2005.02.21 at 18:29

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