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2004.09.04

演出家のビエイト氏とは

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(写真1)エディンバラ芸術祭「トロヴァトーレ」から

 8/1分のダイアリーで触れたエディンバラ芸術祭のオペラ「トロヴァトーレ」ですが、予想通りビエイトの個性の強い強烈な演出だったようです。Daily Telegraph紙のレビュー(英語)にはこうあります。

「ヴェルディの愛、復讐、忠誠といった高貴で原始的な情熱のメロドラマから彼が描くことができたのは57種の体位と狂気に満ちた暴力だった」「またいつものビエイトの常套手段のオンパレードがやってきた。都会の悪夢を形作る死刑台(写真のシーンのことですね)。群衆による暴力。むちによる体罰。裸体や大便。酔っぱらいのギャングのセックス。タランティーノ風の血糊。これ以上のことは知りたくもないだろう。ヴェルディにとってこんなひどい代物はない。人生でこんなひどい仕打ちもないだろう。」

 ヨーロッパでは体位は57種類あるのか、というツッコミはともかく(笑)、このレビューアーがビエイトを毛嫌いしていることは伝わってきます。そんな批評家の敵と化したビエイト氏がどんな人物なのか気になっていたのですが、Guardian紙に彼のインタビューが出てたので読んでみました。

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(写真2)
 カリスト・ビエイト(写真2)は現在40歳。カタルーニャ人で14歳でバルセロナに家族と共に移り住み、バルセロナ大学で美術史と哲学を学ぶが学生時代にリセウ歌劇場「タンホイザー」(演奏会形式上演)のモンセラト・カバリエの歌唱に強いインパクトを受ける。やがてシェークスピアやゴルドーニなどの劇演出を手がけるようになり、政府奨学金を得てピーター・ブルック、ベルイマン、ストレーレルら欧州の有名演出家達の下で研鑽を積む。特にピッコロ劇場でのストレーレルの仕事に大きな影響を受けたという。90年代にはバルセロナに戻りシェークスピア、モリエール、バーナード・ショウの劇演出で評判を取り、現在はロメア劇場の監督。堅実な劇場運営でも定評があり、欧州の数々の劇場との共同企画も手がける。

 以上が簡単な略歴ですが「演劇界のタランティーノ」という業界での渾名と関係しているのかどうかは不明ですが、ビエイトは映画にも強い愛情の持っているようで「(シュールレアリズムの映画監督)ルイス・ブニュエルは僕のヒーロー」「その他にもフェリーニが好き。彼の作品は果てしない夢のようだ。そのほかにもクロサワ(黒澤明)、(ミケランジェロ・)アントニオーニ、(フランシスコ・)コッポラ、(マーティン・)スコセッシ、スピルバーグ、それからバズ・ラーマンも好き。『ムーラン・ルージュ』の大胆な演出が気に入ってる」と語っています。
 ビエイトはオリジナルの脚本に手を加えることを躊躇しません。彼の「マクベス」は台詞をかなり変えてしまったそうで、結末すら変更を加えました。彼の演出ではマクベスは死にません。今回の「トロヴァトーレ」でも「ルーナ公爵」という役の名前を「階級の表現を避けるため」との理由で単なる「ルーナ」という名に変えたそうです。彼の刺激的な演出への批判に対しても「汚いものを見たくなければ書斎に篭もってCDを聴く方がマシ」と臆することはありません。
 彼のけいこも独特で「まるでボクシングのトレーナーのようにけいこ中ずっと話し続けていて、その様はおもちゃ屋さんにいる子供みたい」だそうですが、彼は演者たちやスタッフを心酔させるカリスマ性も持ち合わせているようで、エディンバラ芸術祭のディレクターのマクマスター氏は「全てのキャストは彼を尊敬している。(舞台がはねた後)バックステージがあんなに幸福な雰囲気に満ちているのは見たことがない」といいます。
 そんな紹介記事での彼の発言の中でこんな気になる文章がありました。

 「カトリック文化には良い面もたくさんあるが、悪い面もたくさんある。(学校時代は)修道院にまつわるブラック・ジョークをいっぱい教わった。12歳になったころには神を信じなくなっていた。何で教会まで行って懺悔をしなければいけないのか理解できなかった。それは修道院にも性的関係があるのを見てしまったからだ。修道士の何人かが…なんというか…愛撫していたんだ。」

 この元記事では彼が無神論者かどうかについては触れられていませんが、この発言に彼の演出の真意を読みとるヒントがありそうです。ビエイトの演出は聖なるものの中に俗物が、美しいものの中に汚れたものが内在することを暴露しているように思えます。そしてヨーロッパの繁栄の裏には厳しい現実があることも。別のインタビュー(英語)で彼は「バルセロナの自宅近くでは東欧、アフリカ、南米からやってきた少女たちがマフィアに売春を強要されている。それがヨーロッパ社会のいやな一面だ。」と語るなど、社会的弱者に関心を持っていることは確かなようです。だったらマイケル・ムーアみたいにドキュメント映画を撮ったらどうだ、と思ったりもするのですが彼はこれからも劇場での仕事を中心にその才能を発揮していく予定で、来年はリセウ歌劇場で「ヴォツェック」の演出があります。
 この記事を読んで彼はどうやらウケ狙いでエロやグロを歌劇場でやっているのではなさそうだ、というのは理解しました。彼の思想、背景を全て容認したわけではありませんが少なくとも私は彼の公演を機会があれば一度見てみたいという気になりました。来日公演はあるのでしょうか。せめてテレビで観る機会があればと思うのですが、その性質上無理でしょうな(笑)。

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Comments

>暴力と静寂?嵐の中に一瞬静けさが来たような
なんとなく伝わってきました。
お客さんの入ったオペラハウスではどうしても観客やら批評家のリアクションに敏感になるでしょうから。ここでビエイトの意図を十二分に伝えるべく録画されたプロダクションの録画などの映像作品があればいいのかもしれませんね。

Posted by: 「坂本くん」 | 2004.09.09 00:24

ごめんなさい。”やさしさ”というのは少し意味が違うかも・・・。暴力と静寂?嵐の中に一瞬静けさが来たような、空気かな?たけしの映画のような・・・あまり表現がうまくなくてごめんなさい。ハノーファーオペラのトロヴァトーレに関しては出演している歌手達がかなりインテンシブな演技のできる歌手みたいなのでそうなったのかもしれません。実は私はプレミエ後の初期の段階をみたのですが、はじめはショックで息が出来ないような感覚になりました。ハノーファーの保守的な観客からの苦情であれから残念ながら演出が少しソフトに変えられたそうです。
数ある意見の中には”あんなものスキャンダルを狙っているだけで彼は何一つ新しいことを試みたわけではない!!”なんていうのもありますが、新しいとかスキャンダルとかそういう次元の演出ではないような気が私はしています。

Posted by: さやさや | 2004.09.08 04:58

さやさやさん、こんにちは。
ビエイト氏の公演をご覧になられたのですね。貴重な報告、ありがとうございます。小生が記事作成のときに参考にするニュースサイトなどはスキャンダラスなものに報道が偏ってしまっているので、ビエイトのプロダクションの全体像を必ずしも伝えてはいないかもしれませんね。さやさやさんの仰るビエイト演出の「やさしさ」がどのようなものなのか、実際に確かめたくなりました。

Posted by: 「坂本くん」 | 2004.09.07 17:35

ビエイトの演出は嫌悪感を覚える目を覆いたくなる場面がありますが、信じられないくらい深く悲しくそしてやさしい場面が所々あるんです。それはどの演出家も出せないような濃密な空気だったりして彼があちらこちらで起用されるのは分かります。エディンバラに関しては鳴り止まない拍手にスタンディングオベーションだったそうで、ベルリンの”後宮よりの逃走”の新聞評はほぼ皆”ポジティブ”だったそうです。オペラ演出はさて、これからどのような方向に向かっていくのでしょうか?私個人の意見としては”新しいものに勇気をもって挑戦していく”というのは何事においても大切なことだと思います。
ビエイトの演出に関しては私はほぼ”ポジティブ”に捕らえています。

Posted by: さやさや | 2004.09.07 16:10

こんにちは。
彼と共同制作しよう、と手を挙げる勇気のある日本の歌劇場関係者があれば日本でも見ることができるかもしれませんが。もしくはこちらから見に行くか、ですね。
http://www.operabase.com/proddb.cgi?prod=Calixto+Bieito
↑で見るとハノーファーでの仕事が多そうですね。「椿姫」と「カヴァ=パリ」がありますね。あとはアントワープで12月に「カルメン」、来年5~6月にフランクフルトで「マクベス」ですか。あれ、「ヴォツェック」は?

Posted by: 「坂本くん」 | 2004.09.04 08:28

>57varieties of ~
あんまりこうゆう表現って見たことがなかったので、記事をみたときにふーん、こういう風にいうんだ。と感心しました。(こんなところからコメントつけるのも。。。)

ところで、
>少なくとも私は彼の公演を機会があれば一度見てみたいという気になりました。

同感です。
でもでも、演出家不在でレパートリーとして再演を重ねるのはかなり困難な演出のようなので、見る機会は特に限定されるように思いますが・・


Posted by: sakag510 | 2004.09.04 06:40

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