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2004.06.10

晩年のカラヤン

 晩年のカラヤンのライブCDに対して熱のこもった好意的な批評をネットで見かけた。ただこの批評をカラヤンの演奏を知らない者が読むと彼のことを「有名な割に打率の悪い指揮者」と思ってしまうのではないかといささかの危惧を抱く。
 

 リチャード・オズボーン著のカラヤンの評伝でも「良い演奏と悪い演奏の間にむらが認められた」みたいな記載があるように、確かに晩年はアンサンブルの締まらない冴えない演奏もあった。その一方レコードにしろライブにしろ凄みある演奏を聴かせることも多かった。丁度彼の晩年は私がクラシック音楽を聴き始めた頃と重なるので、個人的にはそれらの名演はとりわけ印象深い。
 その頃カラヤンは病気がちになったりコンサートの時間が徐々に短くなるなど、その華々しい活動にいささかの陰りが見られた時期ではあったが、それでも彼の動きは新聞、雑誌などで大きく報じられていたし、支持者も大勢いた。だがそれに勝るとも劣らないくらいアンチ・カラヤンの立場の批評家やファンも多かった。反カラヤン派が信奉したのはベーム、バーンスタインら欧州でカラヤンと覇を競うライバルであったり、また鉄のカーテンの向こう側の巨人ムラヴィンスキーだったり、はたまたカラヤンにその地位を追われたフルトヴェングラーやチェリビダッケであったり、一時代古い芸風のワルター、クナ、メンゲルベルクなどであったりしたが、そんなカラヤン派と反カラヤン派との対立構造が日本クラシック音楽市場を熱くし、活性化に繋がったのではないかと今になって思う。
 そんなカラヤンに対する議論が頂点に達したのは1984年のベルリン・フィルとの来日公演であった。大阪での公演を聴きに行った人から最初に聴かされたのが「カラヤンが指揮のタイミングを間違えて音が止まった」という衝撃の一言だった。このことはしばらく後になって各種音楽雑誌でも話題になったし、周囲には「カラヤンももう歳だな。老いには勝てないな」みたいなことを言う者もいた。そんな中この演奏会がテレビ放送された。カラヤンのミスの部分は(残念ながら)カットされていたが、そのミスのあと最初からやり直したという「ドン・ファン」は素晴らしいものだった!リヒャルト・シュトラウス独特の錯綜した楽想が見事に1つとなり躍動感ある仕上がりとなっていた。最後の「ローマの松」も堂々たるもので、フィナーレの分厚い響きには圧倒された。
 ところで先述のレビューでは著者の許光俊氏が彼の指揮姿に思いを馳せているが、私がTVで見た大阪公演のカラヤンは、背筋をピンと張り、カッと両目をオケに向けて見据えながら確実に右手で拍子を取っていた。その姿からはその日の演奏とマッチするかのようなものすごい力強さを感じた。

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