片思い
(新聞記事:ジャズバンド演奏に作曲家抗議 CD出荷停止にに寄せて)
私はオリジナルの佐藤眞の合唱曲「大地讃頌」もPE'Zの「大地讃頌」も聴いたことがない。編曲権の侵害にあたるかどうかが問われた今回の訴訟について、両方聴いてから事の是非を判断した方が良いのかもしれないが、ただ記事を見る限りでは今回のケースについては原告側の主張も被告側のそれも「スジ」は通っていると思われる。個人的には「変わらない」ことに芸術的意味を見いだす者と「変える」ことに表現のアイデンティティを求める者が不幸な出会いをしてしまったような気がする。それがPE'Z側の「片思いでした」という発言に表れていると思う。
もっとも個人的には佐藤眞氏に対する心証が若干悪くなってしまった。今回の件ではCD発売によって佐藤氏側に(実際は僅かだとしても)印税が入るわけなので、経済的な面で不利益にはならないと思われる。でそれ以外に佐藤氏を発売停止の要求へと走らせた要因を考察すると、ここからは邪推になるが「佐藤眞の大地讃頌」が自らの手を離れ「Pe'zの大地讃頌」になりオリジナル作品の価値が低下することを無意識に拒む気持ちが佐藤氏にあったのかもしれない。だがamazon.co.jpのカスタマーズ・レビューを見るとリスナーはちゃんと2つの作品を理解し楽しんでいるように思われ、編曲により原曲の価値が減じられたという事態は当たらないのではないか(もっとも法的見地に立ち著作物を財産とみなすと、それの改変により著作権者の意図を離れることはやはり問題である、という論考も可能であるのは理解できるのだが)。
過去にも似たような事例はあった。ギュスターヴ・ホルストはかれの作品「組曲・惑星」を編曲することを彼の死後固く禁じたため、後年富田勲がアナログ・シンセによる「惑星」(ASIN:B00005EGBX)を出した時に遺族側とトラブルになり、CD化が1991年まで遅れたということがあった。この場合実際にホルスト側にどのような不利益がもたらされたのかというと、実際は何も不利益はなかったんじゃないだろうか。ホルストの遺族は遺言に忠実すぎたのかもしれない。
<w h e a t n o o d l e s . c o m経由>



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